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バースデイ

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彼女たちの言葉を聞き、九瑠璃は「噫、またか」と思う。何時もそうなのだ、口が達者で手の早い舞流には敵わないから、皆、九瑠璃に向かって八つ当たりをする。また其の時がやって来たのだ、そう九瑠璃は他人事のように思った。けれど、少し我慢していれば、其の内舞流がやって来て、私を救ってくれるだろう、とも思う。不思議なことに、何時も、舞流は離れていても斯ういう時、必ず九瑠璃の元へやって来ては助けてくれるからだ。
しかし、待てども待てども舞流はやって来ない。壁に頭を打ちつけられて、九瑠璃は軽く脳震盪に陥る、目の前が真っ白になった。
――此れは、何?
気が付けば、たくさんの視線に、覗きこまれていた。身体を起こしながら、頭に走る鈍い痛みに首を小刻みに何度か振っていると、何時の間にか増えていた違う中学の制服を着た男子が、横にいる九瑠璃と同じ中学の女子に何やら喋り始める。ぼんやりとした儘の頭では何を云ったか迄は分からないが、一つだけ分かる。此処にいては不可ない――
起き上がって駆け出そうとしたが、九瑠璃は腕を掴まれてしまう。「後は好きにしていいよー」そう嗤いながら走り去っていく女子生徒の姿が目に入る、其れから、九瑠璃は恐る恐る自分の腕を掴んでいるのと、目の前にいる二人の男子生徒を見た。興奮している時独特の眼のぎらつきが窺える、其れを見て、九瑠璃は舞流のことを想い出した。
報復をしている時の舞流の眼とそっくりであった。本能に身を任せている、そんな眼である。
……噫、あの子をもう救えないのかしら。
そう、妹に想いを馳せた時だった。
服の裾から、武骨な手が伸びて来て、九瑠璃の腰に触れた。九瑠璃は我に返って身じろぎ、抵抗したが二人がかりで押さえつけられては如何しようもない。声を出してみるも、何時も通りのか細く色味の薄い音しか出なかった。男子生徒たちは何か云っていたが、九瑠璃は其れ処ではない、パニックに陥っていた。
気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、怖い、こわい、こわい、コワイっ……。
そんな言葉たちが充満して溢れかえる意識の中、舞流のことだけはしっかりと揺らがずに残っていた、如何して来てくれないのか、如何して自分がこんな目に合わなければいけないのか。
其の時、ぶわっと何か得体の知れないものが身体の奥底から湧きあがるのを感じ、九瑠璃は思わず其れに身を任せた。


気が付くと、九瑠璃はぼんやりと突っ立っており、自分の足元にちょっとした血溜まりを見た。何処か怪我をしたのかしらん、と腕やら顔やらを触ってみたが、掠り傷や痣があるだけで、血溜まりになるほど出血した様子がない、ただ、拳が酷く痛む。其れからようやく、男子生徒たちが鼻血を出しながら呻いて地面に這い蹲っているのに気が付く。
一体何があったのだろうか、と九瑠璃が首を傾げていると、名前を呼ばれる。待って待って待ち焦がれた声だった。
「クル姉大丈夫っ?」
息を切らして来た舞流の姿を目にして、九瑠璃が抱いたのは喜びでも安堵でもなかった、感じたことのない、もっとどろどろとした生臭い感情。途端に、腹の底が熱くなるのを覚え、九瑠璃は舞流に飛びかかった。
「舞流、あなたの所為、あなたが色んなことをするから、何時も私が責められるっ」
如何して私がっ、私は悪くないのに、……舞流の所為、全部舞流の所為だっ。そう、九瑠璃は喚き散らす、何度も何度も「舞流の所為だ」と繰り返した。
「クル、姉ぇ……、苦しい、よ」
呻くような妹の声に、九瑠璃は我に返る。手に生温かさと、薄い筋肉が動くのを感じて目を遣り、驚いて手を離す。すると、舞流が倒れ込むようにして、大きく咳込み始めた。其の様子を見て、九瑠璃は自分が何をやっていたのか理解し、自分の両手をまじまじと見る。
「……嘘、……厭っ」
そう零すと、九瑠璃は駆け出す、一刻も早く其の場から逃げ出したかった。出くわす角という角を曲がり、人込みを掻きわけ、道路を渡り、走りに走る。人にぶつかろうが、文句を云われようが、そんなことは如何でもよかった。
自分の中に湧きあがった得体の知れないモノに、此れまでの大事にしてきたものを喰い破られたような心持、其れが酷く恐ろしくて堪らない。街中を抜け、住宅街を駆け、線路を横ぎる長い人道橋に着いて初めて、九瑠璃は足を止めた。
――喰われた、喰われた、喰い千切られた。
足元に広がる無数の線路と鉄の匣を眺めながら、ぼんやりと思う。操車場を横ぎる形で架かっている人道橋は、近くを走る埼京線と東上線の音がするだけで酷く静かで、暮れていく都会の夕日がぼんやりと見えた。
不思議と、誰も通らない。夕刻である此の時間帯は、買い物やい犬の散歩などをする人がいてもおかしくないはずであるのに、誰一人として人道橋を通る人はおらず、操車場にも、駅に戻る運転手や車掌の姿も見えない。
鉄と砂利とアスファルトで構成された、無機質な世界。ただ空気が充満するのみで、生き物は九瑠璃を除いて他は存在しないかのような印象を受ける。近くを通る埼京線、硝子越しの中の犇めき合う人々すら、人形のように思えた。
どのくらいそうしていたのか、見当もつかない。辺りは随分暗くなっていて、人道橋やら操車場の電灯が灯っていた。九瑠璃から少し離れた処にある電灯が、辛うじて九瑠璃を照射範囲に留めており、すぐ後ろは仄暗い闇が鎮座している。
不意に気配を感じて、九瑠璃は背後の薄暗がりに目を凝らす、衣擦れの音がし、黒い影が此方へ近づいてくる。誰か通行人が来たのだろうかと、思いつつ注意深く其方を見ていると、黒い影が声を発した。
「二十三分と四十八秒、随分ぼんやりしていたね、クルリ」
そう云って明るみに現れたのは、臨也だった。
「おや、随分酷い顔をしているね、此の世の終わりでも見て来たのかい?」
まぁ、頬が汚れているじゃないか。態とらしく驚いて見せながら、ポケットからハンカチを取り出すと、臨也は九瑠璃の顎を取る。九瑠璃は大人しく、臨也に頬を拭かれた。臨也に触れられたにもかかわらず、今度はびくりと震えなかったし、嫌悪感も湧き上がらなかった。そんな自分に違和感を覚えていると、兄の声が聞こえる。
「あぁ、学習したんだ? そうそう俺はお前をぶったりなんかしないよ。お前は大事な妹だからね」
そんな兄を、九瑠璃は見上げてみる。恐ろしいくらいに、綺麗で優しい笑顔だった、高価な陶器で出来ているんじゃないかしらん、と思えた、もともと声が出なかったが、もっと何も云えなくなった。
「そうそう、舞流がね、お前を捜しているよ、そろそろ来るんじゃないかな?」
来た方と反対の方向を見ながらそう云う臨也は、ふと何かに気付いたような素振りを見せ、其れから九瑠璃の方を向くと、「折角だからさ、もう一個学習しようか」と微笑む。何だろう、と思っていると、九瑠璃は突然臨也に抱きしめられた。
「可哀想な九瑠璃、怖かっただろうね。けど、そんなお前に、可哀想なことを教えてあげなくちゃならない、兄として辛いなぁ……」と云うと、臨也が少し身体を離し自分の耳に唇を寄せるのを、九瑠璃は感じた。
「自分だけが真っ当だなんて勘違いはお止しよ、血は争えないものさ」
作品名:バースデイ 作家名:Callas_ma