THW小説⑤ ~全て遠き理想郷~
「はぁ〜」
またやった。
何度目だ。
俺は,ベットの上でため息をつく。
目の前にあるものに手を差し伸べるクセ。
全てのものを救おうとするエゴ。
包帯を巻かれた両手を見る。
・・・わかっている。
それでも。
「傷つく仲間を誰も見たくない」
そう,ポツリとつぶやいた時。
バンッ
突然部屋の扉が開いた。
いきなりズカズカと部屋に入ってくるザビ。
「お前,あめーよ。あまあま。何考えてんの?」
いきなりそんなことを言い出す。
「・・・怒ってんのか?」
「いーや。あきれてんだよ。」
そうか。あきれてんのか・・・だからってゴルフクラブで殴るもんだろうか??
「俺が撤退っていったら即撤退な。聞こえただろう?俺の言う事聞かないヤツは嫌いだ。命令違反は絶対に許さない。」
思わず,ムっとして反論する。
「・・・だが,俺は傷ついた仲間を見捨てるなんてことはできない。」
「お前,弱いくせに。」
「強い弱いなんて関係ない。俺の性格だ。」
「現に,俺が戻らなきゃやられそうだったじゃねーか。お前だって助けられた分際で,何言ってんだか」
ハッと息をつく。
「お前,勘違いしてるみたいだけどな,」
サビが言葉をつなげる。
「俺だって見捨ててるわけじゃない。ただ,戦況を見渡すことが必要だ。俺はベストと思ったらそれを実行する。」
「・・・流石隊長様だな。俺には下を切り捨てるなんて,そんな非情なことなんてできねーよ」
目線をそらして,俺はそうつぶやくのが精一杯だ。
すると,ガッと突然胸ぐらをつかまれる。
「ああそうだな!お前には一生わからないだろうさ!どんな想いでTOPに立ってるのか,なんてな・・!」
「・・・!!」
「何の犠牲もなく,全てがうまくいくなんて有り得ないんだよ・・・!もう少しでお前だって・・!」
「・・・そんな犠牲の上になんて,俺は居たくない。居る価値もな・・・」
パンッ
音がしたと思ったら,俺はザビの平手打ちを喰らっていた。
「てめぇ,次言ったらぶっ殺すぞ。」
静かだが,怒りがこもっている,ザビの声。
「・・・」
気まずい,沈黙が,部屋を包む。
「でも・・・」
ゆっくりと俺が先に口を開く。
「命の優先順位なんてない。俺は,全てを,救いたいんだ・・・誰も犠牲にならずに・・・」
「・・・“正義の味方”,か。それはエゴだって気が付いてるよな?」
「・・・ああ。わかってる。けど,それをやめたら俺は俺でなくなるはずだ。」
「なるほど,ね」
バッ,とつかんでいた俺の胸ぐらを離す。
「・・・“全て遠き理想郷”。お前が目指してるのはソレだ。」
突然ザビがそんなことを言い出す。
「“全て遠き理想郷”?」
「そうだ。俺も昔,夢を見ていたこともあったよ。全員が救われる可能性。」
ザビが顔をゆがませる。
「だが,これは不可能だ。甘いんだよ。そんなことを言っていたら,やっていけないんだ・・・!」
そうか。
俺は,唐突に気が付いた。
この男のサドっぷりは,もしかしたらこの反動なのではないかと・・・
だが,俺にだって信念がある。
「・・・不可能かどうかはわからない。少なくとも,俺には犠牲を出すことなんてできないんだ・・・・!!」
「そうだな。だからお前は一生ヒラだw」
ニヤンとザビが笑う。
「だが,次はない。次に命令違反したときは,覚悟しとけよ。」
「・・・ああ,わかった。覚悟しておく。」
そう言いながら,俺はきっとまたやるんだろう。
そして,ザビもそれを止めないのだろう。
ギッとザビが扉を開ける。
ピタと止まってこちらを見る。
「・・・やってみろよ。お前の理想。俺がとうの昔にあきらめた想い。なれの果てまで見届けてやんよ。」
「・・・ああ。」
バタン
扉は閉じて,部屋には静寂だけが残った。
「“全て遠き理想郷”か・・・」
俺はザビの言葉を繰り返す。
そうか。
俺は,それを目指していたのか。
ボスン,とベッドに仰向けに倒れこむ。
両方の手のひらを目の前に掲げる。
・・・この両手で,何が救えるのか。
救いたい。
救いたいが,それは可能なのか。
ならば。
もっと強く・・・!
全てを救えるほど強く・・・・!!
ギっと両手を握りしめる。
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作品名:THW小説⑤ ~全て遠き理想郷~ 作家名:碧風 -aoka-