いつまでも
プロイセン様、普段はギルベルト様と呼ぶように申し付けられましたが、とにかく彼はとてもにぎやかで明るい青年でした。常に笑みを絶やさず、それはあまり感じの良い笑顔というより何かいたずらを考えているガキ大将のような印象でしたが、わたくしにはとても好ましく映りました。月に一度か二度はこの宮殿を訪れ、親父親父と慕う姿はまるで子供のようでした。父を早くに亡くしたわたくしにとって、それは羨ましい光景でした。
「お前にやるよ!」
それは色鮮やかな石でできた小鳥のブローチでした。
「初めて会ったとき、俺にタンカをきったお前は小鳥のようにかっこよかったぜ!」
よく意味がわかりませんでしたが、彼がわたくしを気に入ってくださったことだけは理解できました。その小鳥のブローチは今でもわたくしの大切な宝物です。
仲のよい父子のような関係だと、わたくしはしばらくの間そう思っておりました。あの光景を目にするまでは。
御二人は庭園を散歩することが多く、わたくしも頃合いを見てお茶を淹れることがありました。
季節になると美しい花々があずまやを彩り、ちょうど今時期はアネモネの花がゆれ、春の風が心地よく私の髪を撫でていきました。そのときもわたくしはお茶道具一式を携え、あずまやを目指しておりました。
あずまやが見え、御二人の姿が見えてきました。あのお背中はフリードリヒ様でしょうか、椅子に腰掛けられた背中が見えます。ギルベルト様は、膝掛けを掛け直して差し上げているようでした。中腰になり、じっとフリードリヒ様を見つめておりました。普段では見たことも無い静かな瞳でした。慈しむ深い深い愛情。それはひどく胸を切なくするものでした。快活に時に不遜に嗤う彼の姿はどこにもなく、ただ純粋に目の前の者を慈しむ瞳。私がもっとも驚いたのは、それが友愛などではないと感じ取ったからでございます。
彼の手はゆっくりとフリードリヒ様の頬を撫で、夢見るように目を閉じると当たり前のように口づけを落としたのです。
わたくしは声も出せず、その場に立ち尽くしました。トレイを落とさぬように物音を立てぬように、ただそれだけを考えて。
まもなくギルベルト様は顔を離し、こちらをちらりと見ました。いつもの笑みを浮かべ、そっと人差し指を立て口元にもっていきました。そうしながらもわたくしを手招きするのです。
「風が気持ちよくて、うたた寝中だ」
わたくしが、何も言えずにじっとしていると、彼は私の手からトレイを受け取り、
「もうそんな時間か、起こすのも可哀想だが、ここで寝てて風邪でもひいたら大変だしなあ」
「そうでございますね、起こして差し上げないと」
普段通りの彼にわたくしも我にかえり、慌ててフリードリヒ様の様子を伺います。
「いつまでも此処に居ることができたらいいのにな」
彼がつぶやいた一言は、春の風に攫われてゆきました。