魔女と星と
2.
二人がいつものようにデュエルをしていると、十六夜家の庭の大木の枝が不自然にがさごそ揺れだした。
「?」
二人の目の前で揺れはどんどん大きくなり、そして限界の来た枝がついに、ぼきり、と折れた。
「うわー!」
大人数で子どもたちが押し掛けて来なくなってから久々の悲鳴が庭に響いた。後には、落ちた枝と葉っぱと、少年が二人、芝生の上に残っている。
「あなたたち、誰っ!」
泥棒だったらセキュリティを呼ばなくてはならない。アキは急いでセキュリティに繋がる非常ベルを鳴らそうとしたが。
「ちょ、待ってくれ! 俺達泥棒じゃねえ! ここにいることがセキュリティにばれたら、後で母ちゃんに叱られる!」
「え?」
明るい橙色の、髪の毛がつんつんした方の少年が慌ててそれを押しとどめた。
「じゃ、何でここに来たの? ここは私の家よ」
「それは……」
もう一人の金髪の少年が、侵入者だというのにやけに偉そうに背を張って答えた。
「頼もー!」
「道場破りじゃねえんだぞ、ジャック!」
全員が落ち着いてから、遊星が少年たちに一つ一つ尋ねていったところ、こんな答えが返って来た。
「俺よりも、強い決闘者を探しに来た」
ジャック・アトラスとクロウ・ホーガンと名乗った二人は、道場破り……もとい、決闘の相手を探しにわざわざここトップスにまで忍び込んできたのだった。子どもの体格を幸いに、セキュリティが目を光らせている隙を突いてフェンスを乗り越えてたどり着いたのが十六夜家という訳だったのだ。
「近所に、強い人はいなかったのか?」
「一か月前に、子どもも大人も先生も全部俺達で倒した」
「校長先生には手こずったけど、俺達の敵じゃなかったぜ」
遊星とアキは通っている学校が違うが、ジャックとクロウのいる学校もアキが聞いたことのない学校だった。
遊星と会った日にかき集められた子どもたちは、主にトップス出身が多い学校に通っている。アキの父親のコネを使いやすかったのがそんな学校だったからだろう。もっとも、ジャックやクロウのいる学校に父親が手を伸ばすのも時間の問題だったのかもしれないが。
「トップスには、とんでもない大きさのモンスターを操る強い決闘者がいると聞いた」
魔女の噂はどこか変な形で歪んで伝わっていた。
「決闘だ! 今まで強い奴が見つからなかった分、楽しませてもらうぞ!」
結局、アキも遊星もジャックには勝てなかったが、ジャックはとても満足そうだった。クロウ以外で自分の相手にふさわしい骨のある決闘者は初めてだったからだ。
こうして、十六夜家にはもう二人ほど小さな訪問者が増えた。ジャックとクロウはトップスに忍び込むのに手間取っていたが、それでも四人が集まるには中心地点にあるアキの家が比較的近くて便利だったのだ。
「この痣は?」
「王者の証だ!」
今までの苦悩は一体何だったのだろう。
アキの孤独感は日に日に薄まり、忌々しい魔女の力もモンスターがぺチンと軽く叩く程度に収まっていた。
「アキ、デュエル・アカデミアに行ってみないか?」
「デュエル・アカデミア?」
アキの父親が、決闘の学校だというそれのパンフレットを持ち帰って来た。
「アキは決闘がとても上手だろう? この学校ならアキの力も生かせるんじゃないかと思ったんだ」
決闘の学校。それはどんなところだろう。世間で一般な学校のように、机に向かってカードの勉強をするのだろうか。プロの決闘者が通う学校はとうに有名になっていたが、こうして詳しく知るのはアキにとっては初めてのことだった。
アキはパンフレットをぱらりぱらりとめくってみる。色々な学校風景が事細かに描かれている。
また一ページめくってみる。デュエル・アカデミアのキャンパスは絶海の孤島だった。
アキは父親とパンフレットを交互に見た。父親は何を考えているのかにこにこしている。
彼女は絶望した。
気分が悪い。何もかも吐いてしまいたい。
このままでは、自分はネオドミノから遠く離れた孤島へと遠く追いやられてしまう。
魔女は所詮魔女なのか。魔女だと分かったあの日にカードも決闘も捨て去るべきだったのか。父はまだあの日のことを許してはくれなかったのか。一生許されないのか、自分は。
頭が痛い。目の前がぐるぐるする。
「アキの奴、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
アキと遊星の決闘を見物していたクロウが不思議そうにしていた。同じ疑問は、間近で決闘をしている遊星も感じていたようだ。
「アキ、気分が悪いなら……」
決闘を中止しよう、と遊星が言いかけたその時。
「ローズ・テンタクルスで遊星の場のアイヴィ・トークンに攻撃!」
無情にもアキの攻撃宣言が響き渡った。
最近のアキの力は、比較的軽度に収まりつつあった。それが少年たちの油断を招いたのだった。
「ソーン・ウィップ!」
べしっと重たい音がして、遊星の身体が飛んだ。
「ソーン・ウィップ、ツー!」
小さいその体は、まるでゴムまりのように弾んだ。
「ソーン・ウィップ、スリー!」
緑色をしたとげとげの触手は、遊星の襟首をつかんで吊り下げた。
「おい、アキ! もう止めろ!」
ここまで来ると、決闘の邪魔だの何だの言ってられない。クロウはアキのデュエルディスクを無理やり奪い取り、芝生の上に放り投げた。
決闘が強制終了したのに伴い、ローズ・テンタクルスは幻のようにかき消えた。支えを失い落ちてくる遊星の身体を済んでのところでジャックが受け止める。
そこまでして、ようやくアキは我に返った。
「私は……」
目の前には、ローズ・テンタクルスにやられた遊星が、傷だらけで芝生に横たわっている。ローズ・テンタクルスの四連打はかろうじて避けられたが、大人の体格ならまだしも、子どもにとっては慰めにも何もならない。
「! 遊星! 遊星! しっかりして! 目を覚まして!」
遊星は地面に横たわったまま、時折呻くだけで意識が戻らない。
家の中から、母親が飛んでくるのをアキは目の端に捉える。何か叫んでいるのが分かる。それでも、何より重大なものは目の前にあった。
「お願い、死なないで、遊星――!」
それから、アキと遊星の親の間で何が話し合われたのか、アキは知らない。
あの日から、遊星はアキの前に姿を見せなくなった。
トップスに忍び込んだジャックとクロウは、あの後セキュリティと彼らの親にこってりと油を絞られていた。アキの親が何とかとりなしてくれたおかげで二人は堂々とトップスに入り込むようになったが、……遊星のことについては何も聞けなかった。
自室のベッドに転がって、アキは悶々と考え込んでいる。
きっと遊星は酷いケガをして、病院に入院しているのだろう。ひょっとしたら、めんかいしゃぜつとか書かれた札がドアに掛けられてしまっているのかもしれない。
それとも、ケガは大したことがなかったが遊星の方がアキに会うのはもう嫌になったのか。
嫌な予感がアキを襲う。
遊星の家に出かけて行って、彼に謝るべきなのか。でも、もう二度と会いたくないと言われるのはとても怖い。でも、謝らないとずっとこのまま……。
『俺がここに遊びに来たかったから来た。それだけだ』