魔女と星と
3.
海側に近いMIDSの施設は、リニアで向かっても少し遠かった。
何度か路線を間違えそうになりながら、それでもアキは目的地へと着々と近づいていた。地図とお財布と、何よりもバラの花束を潰れないように大切に抱えながら。
自分一人で遠くまで行ったのは、考えてみると初めてのことだった。
目的の駅で降りて見ると。目の前には大きなタワーが空のてっぺんまでそびえ立っていた。
「大きい……!」
あれが遊星の親の仕事場であり、遊星の家である社宅がある場所でもあるのだ。
ここまで来れば、子どもの足でも迷わず行ける。アキが歩き出そうとしたら。
「おーい、アキじゃねえか、そこにいるの!」
「クロウ! ジャック!」
自転車を押して歩いている友人の姿を認め、アキは思わず手を振った。
「やっぱりアキだ!」
大した時間もかからずに、三人は合流を果たした。
「あなたたちも遊星のところへ?」
「そうだ。俺たちは遊星の家に行ったことがない。それなら、こちらから出向くことにしたまでだ」
幾分息を切らせていたが、ジャックはいつも通り尊大だった。
「よく言うぜ。最初はKCビルに迷い込んで受付のねーちゃんに行先教えてもらったくせに」
「なっ、遊星は家が会社の中にあると言ったのだ! ならば最初にKCに出向くのが筋ではないか!」
「あんな高いビルなんざ、どう見ても住みにくいに決まってるだろうが!」
「何を言う! 高い方が遠くまで見渡せていいではないか!」
「庭つき一戸建てはぜってー譲らねえ」
二人の話題がどこか別の方向に飛んで行く前に、アキはとりあえず訊いてみることにした。
「もしかして、自転車で来たの?」
「ああ!」
KCビルはここから逆方向だ。一体どれくらいの時間をかけてここまで来たのだろうか。自転車とは言え、子どもの力だけで。
アキは二人の自転車を見た。ジャックの自転車は白銀で、クロウのは真っ黒。特にクロウの愛車であるそれには、「BLACK BIRD」だのといったステッカーがあちこちにべしべし貼られている。
まさか、帰りもこの自転車で帰るつもりなのだろうか。
アキはそれ以上、深く考えないようにした。
広い敷地を抜けてMIDSの受付にたどり着いた三人は、早速遊星について尋ねることにした。
「あのー、不動遊星くんの家はどこですか」
「不動と言いますと、不動博士の息子さんのことですか?」
三人は知る由もなかったが、ここは永久機関モーメントを始めとした企業秘密(軍事機密にも足を突っ込んでいるかもしれない)の宝庫だった。子どもに対してもセキュリティはやはり厳しい。
「君たち、ここにどうして来たの?」
「それはっ、それは、ですねー」
受付の女性に逆に用件を尋ねられて、アキはしどろもどろになった。ジャックとクロウも、張り詰めた空間に居心地が悪そうだ。
遠くの方では、白衣を着た知らない人が「モーメント!」と叫びながらくるくる回っているのが見える。ここがどんな場所なのか、今まで遊星に聞いたこともなかったから全く分からない。
今更ながら、アキは段々と怖くなってきた。この調子では、遊星に会う前にここで門前払いされてしまう。
「用件がないなら……」
今にも三人が追い返されそうになった、その時。
「アキ!」
父親らしき人(らしき、ではなく本当にそっくりだった)と一緒にちょうどそこに通りかかった遊星が、目を丸くしてアキを呼んだ。
「遊星!」
モンスターの攻撃で負った傷は大したこともなさそうで、遊星はしっかり両の足でそこに立っていた。
遊星の父親――不動博士と受付の女性は何事かを話し合っていたが、しばらくして女性は一つお辞儀をして言った。
「遊星くんのお友達だったんですね。失礼しました、このままお通りください」
「お前の家って何かすげえんだな」
「企業秘密のものがいっぱい置いてあるからセキュリティがとても厳しいんだ。だから、家じゃない方が過ごしやすいんだが……」
三人の子どもは不動博士と別れて、敷地内の小さな緑地で一休みしていた。建物の中とは打って変って子どもが伸び伸びと過ごしやすい空間だった。
「ところでアキ、ジャック、クロウ。お前たちどうしてここに」
「遊びに来てやったのだ」
「右に同じ」
「あ、私は……」
花束をぎゅっと握りしめて、アキは言葉に詰まる。
「ほら、言いたいことがあるなら言えよ。言いたいこと、いっぱいあるだろ?」
クロウが、ぱしぱしととアキの背中を叩く。ようやく決心がつき、アキは勢いよく花束を出すと同時に思いっきり叫んだ。
「ごっ、――ごめんなさいっ!」
目の前では、遊星が青い目をぱちくりさせていた。
アキはこれまでの思いを堰が切れたように語った。
ケガをさせてしまって、とても後悔していること。
遊星の姿が見えなくて、その間不安だったこと。
もしかしたら、自分のせいで遊星が死んでしまったのではないかということ。
遊星は黙ってアキの言葉を聞いていたが、ようやくアキが語るべき言葉を全部出し切ると、彼は静かにこう言った。俺は別に怒っていないし、アキが嫌いになった訳ではない、と。
「じゃあ、何であれから家に来なかったの?」
「行こうと思えばすぐに行けた。でも、それだけじゃいけないと思った。俺にはまとまった時間が必要だった。――これを作るために」
遊星が取りだしたのは、金色に光る楕円状のものだった。宝石のようなもので飾られたそれはよく見ると鎖が通されていて、ペンダントであると分かる。
「これ……」
「アキの力を抑えるペンダントだ」
アキは思わず遊星の顔を見た。
「ローズ・テンタクルスに叩かれてから、ずっと考えていた。何とかして力を弱めるような機械が俺の手で作れないかと」
「遊星……」
「理論と構造とデザインは、今の俺一人じゃ無理だったから、父さんと母さんに手伝ってもらって、やっと形にできた」
遊星が多忙なはずの自らの父と話し込んでいたのはこのためだったのだ。
「アキは悪い魔女なんかじゃない。ちゃんと話せば分かってくれるし、今俺に謝ってもくれた。だから、俺も何とかしたくてこれを作ったんだ」
何故だか目の前が白くぼやけてきたので、アキはそれ以上、何も言えなかった。
「ありがとう、遊星、大切にするわ」
「ああ……」
しかし、遊星はどこか残念そうだった。
「どうしたの? 遊星」
「実は、本当なら完全に力を抑えて、必要な時にだけ力を解放できるような、そんな機械にしたかった。持ち主がパスワードを言えばすぐに解放できるような。必要な部品を集めるのに手間取ったのと、お小遣いの関係で、やむを得ず一部の機能を削ってしまったが、パスワードだけはつけておいたぞ」
アキは、プレゼントされたペンダントを見下ろした。どこかで見たようなそれは、見ていると一抹の不安を覚えて仕方がない。
「ぱ、パスワード……って」
パンドラの箱の蓋を外す行為だとは分かっていても、アキはどうしても訊かずにはおれなかった。
「ああ。『魔女っ子らぶらぶ、パラパラリンリン! ブラックローズにな〜れ!』だ」
魔法少女だ。
どこからどう見ても魔法少女のペンダントだこれは。