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僕は一日で駄目になる

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難易度:NORMAL やっぱり下戸だった栄口



 暗い玄関、脱ぎ散らかした靴に足の踏み場もない。手探りでなんとか探し当てた明かりが、部屋の色と栄口のやたら悪い顔色までもをはっきりさせた。
「汚いけど適当に寄せて座ってて」
 確かに俺の部屋は汚くて、服やら雑誌やらがミルフィーユのように重なり、もう床が見えない。こんなことになるんならちゃんと片付けてから出ればよかった。
 ベッドの側面へぐったりともたれかかり目を伏せている栄口に一杯の水を渡すと、力なく受け取ったそれをこくりこくりと飲み干した。
「具合だいじょぶ?」
「さっきよりは大分マシ」
「ごめん、オレがあんなことしなきゃ」
「水谷が気にすることないよ オレも自分が本当に下戸だってこと知れたし」
 テーブルにコップが置かれた音がテレビから漏れるCMと変にシンクロした。部屋に帰るととりあえず、という癖が今日も繰り返され、画面にありがちな土曜の深夜番組が映っている。
 俺って本当にどうしようもない奴だな…って後悔を息をするたびしている。無理やり酒飲ませてこんなに具合悪くさせて、…嫌われちゃうかも、ていうか嫌われただろこれは!部屋も汚ねーし。
 いたたまれなくなった俺は、頼まれてもいないのにもう1杯水を汲みに行った。台所からたぷたぷのコップを持って戻ると、栄口の視線がテレビからこちらに向き、ゆっくり「ありがとう」なんて言われたものだから、俺の罪悪感はいっそう深まるのだった。
 蛍光灯の下で水を含み潤んだ唇がわずかに開き、また閉じられる。
「ああいうふうに集まっても飲めないの俺だけじゃん。」
 そういうためらいを見せた後、栄口はポツリポツリと語りだした。
「みんな気にすることないって言うけど…なんか置いて行かれてる気がするんだよな」
 栄口がそんなふうにコンプレックスを抱いていたことに気づかなかった。だから家族に下戸って言われていても飲んでみたのかな。そんな気持ちを汲み取ることもせず、よこしまな気持ちで酒を勧めてしまった自分がふたたび嫌になる。
 変に部屋の中が静かで、テレビの中のお笑い芸人の声が無駄に反響する。栄口はまた一口水を口に含んだあと少し投げやりにこう言った。
「水谷と連絡取りたいなって思ってたけど大学の友達いるだろうなって」
 そんなの俺だってずっと、ずっと連絡取りたかったよ。栄口仕事忙しそうだし、会社の人との付き合いとかあるじゃんか!とまくし立てたら、なんだ同じこと考えてたんだなって苦笑いする栄口の、コップを持つ手一瞬揺れた。
「両思いだ」
「ばか」
 どうしようもなくひしひしと、これは確かなものだという予感があった。
「栄口、俺さ、」
 続けた言葉はテレビから急に湧き上がった笑い声でうやむやになった気がした。しかし栄口は赤みがさした顔をわずかに上げたあと、そっぽを向いてつぶやいた。
「…そういうのはシラフのときに言ってくれよ」
「俺が?栄口が?」
「どっちもだよ!」
「えへへー」
「…もう寝るぞ水谷!」
「いいよぉ」
 簡単に返した俺がなんの準備も始めないものだから、栄口は背中をもたれ掛けているベッドへくるりと振り返り、わなわなと震えた。
「…もしかして布団1組しかないんだろ」
「ないよ、一緒にベッドで寝ようよ〜」
 のんきにそう言うと、さっきまであんなに弱っていたと思えないくらいの力で頭を叩かれた。
「毛布一枚よこせよ、オレ床で寝るから」
「いいじゃんかよぉ、俺ら両思いなんだし!」
 照れなくてもいいじゃんって付け加えたのがまずかった。栄口はベッドの上から一枚毛布を剥ぎ、床に散らばる雑誌をまとめ枕を作って徹底抗戦の構えを見せた。
 でも俺はながーい間片思いをしていたから、どうすれば栄口が一緒に寝てくれるかちゃんとわかってるんだよ。早くも毛布に包まって寝たふりを始めた栄口の横にわざとらしく身体を転がしてみる。
「…水谷はベッドで寝ろよ」
「やだー」
「風邪引くぞ」
「いいもん」
 そうしてしばらく黙っていた栄口が「あー、もう!」と痺れを切らすのに時間はかからなかった。
 変なことすんなよ、ベッドの半分からこっち来んなよ、あと皺になるのが嫌だから下脱ぐけどお前とそういうことをするために脱ぐんじゃないから誤解するなよ!ずらずらと並べられた注意事項なんてあってないようなもの、同じステージに上げちゃえばそんなルール取り払って俺の好きなようにできるから。
 シングルベッドに二人身体を並べてしまうとやっぱり狭くて、特に近づかなくても肩と腕が触れ合う。うれしいなぁ、だって俺ら両思いなんだもん!そのことを考えるとにやけてにやけて昔ひとりで悶々と考えていた妄想の類を思い起こしていたら、いつの間にか栄口を組み敷いていた。
「みずたにっ」
 電気を消した暗さに目が慣れ、薄闇の中で栄口が動揺しているのが見えた。やばい、そういうのって余計煽られる。キスがしたくて顔を近づけたら栄口がぎゅっと目をつぶった。かわいすぎて頬が緩んじゃう。しかし次の瞬間俺の局部を襲ったのは栄口のひざだった。
「…!!……!」
「言ってもわかんない奴だなお前は…」
 言葉にならない痛みに目玉まで潰れちゃいそう。俺が栄口攻略法を知っている以上に、栄口は俺対策案を練りつくしているのだ。さすが高校からの仲、なんだな…。
「せ、せめてチューだけ…」
「ダメ」
「じゃあなんにもしないから、栄口おかずにして一人でいたしてもいい?」
「死ね!今すぐ死ね!!」
「だってこれじゃ生殺しだよぉ!!」
 そう泣き言をわめいたら、栄口が毛布の中でぎこちなく俺の片手を握った。
「い、今はこれが精一杯なんだよ…」
 おそらく死ぬほど恥ずかしいのだろう、栄口は毛布を被って顔を隠してしまった。手のひらから伝わる火照った体温に俺までなんだか照れてしまう。
 …ま、いっか、今日のところは夜中にこっそりキスしちゃうくらいで勘弁してやるかと算段しているのを雰囲気から感じ取ったらしく、俺のすねにまもなく鋭い蹴りが入った。

作品名:僕は一日で駄目になる 作家名:さはら