消えなかった結果がコレだよ
翌日。
ギルベルトの意識を閉ざしていた暗幕が開くと、舞台はオーストリア国内を走る列車内へと切り替わっていた。隣の座席にはごく当たり前のように弟。
暴れるだけ暴れたら流石に頭が冷えたのか、反省の文字を全身に背負い肩を落とした体で「すまない」とまず謝られた。
そうも素直に来られると、弟に甘いという自覚有りのギルベルトは怒るに怒れなくなる。
とりあえずデコピン一発で昨日の惨状をチャラにして状況を尋ねると、あの後どつき倒したギルベルトを抱えてローデリヒに会うべく移動開始したらしい。
その光景を客観的に想像しかけた所で自己防衛本能の警告に従った。多分思い浮かべたら悲しくなる。
あくびと共に伸びをすると、体のあちこちが軋んだ。
縛られたり踏まれたり長時間同じ姿勢でいた為だろう、体の筋肉がすっかり凝り固まっている。
ストレッチがてらに席を立つと、弟の警戒の眼差しが刺さった。
流石に走行中の列車からは逃亡出来ない。そう睨むなと笑い飛ばし、電話と告げて客室を離れた。
複雑な番号を打ち、オペレーターの案内の後さらにダイヤルを重ねる。
電話の相手はギルベルトと同じく国である。
自宅やそれなりの場所からなら、専用のホットラインが設けられているのでさほど時間もかからないが、一般の回線からだと手間がかかって仕方ない。
本丸の呼び出し音が受話器越しに響く。
無事とわかったら、あれだけ逃げ回っていた声を無性に聞きたくなるなんて、我ながら現金なものだと自嘲する。
だが通話時間が終わりに近づいても、呼び出し相手が出ることはなかった。
*************
「で、なーんでルッツの方が嫌々そうなんだよ」
さらにそれから数時間後。同オーストリア国内のとある屋敷近くを歩きながら、ギルベルトは弟にツッコミを入れた。
ローデリヒ相手に何を気遣う必要があるのか。道中で買った土産を片手に、普段はピンと張られたルートヴィッヒの背筋が心なしか落ち込んでいる。
「何が言いたい」
「べっつにー」
眉間にしわ寄せる景気の悪い顔をぷっぷくぷーとどこ吹く風で流す。昨日の荒振りをチャラにはしたが、この程度のささやかな反撃くらい許されるべきだ。
負い目があるせいか、それ以上の深追いはせずにルートヴィッヒは息を吐く。
「列車で、ローデリヒに何度か電話をいれたんだが、繋がらなくてな……」
ん? と首を傾げる。
ルートヴィッヒもローデリヒを苦手にしているが、それだけの理由でここまで憂鬱そうになるとも思えない。
「行くって事は伝えたんだろ?」
「いや…兄さんの事を、よく考えたら伝えていなかった…」
「あー…そりゃ」
間違いなく小言コースだ。気が重くなっても仕方ない。
自分だけ針のむしろに座らずにすみそうで、ルートヴィッヒには悪いがギルベルトの気分がやや上向きになる。
…いや、待て、そうじゃない。重要なのはそこではない。
「て事は…ローデリヒの野郎、まだ俺の事知らねーんだ」
「そうなる」
やはり。念のため推測を確証に変え、ならばやる事はひとつと早速行動を開始する。
もう既にローデリヒの屋敷周りだ。邸をぐるりと囲む塀は比較的新しく頑丈そうに見える。防犯と景観の観点から、若干高めではあるが乗り越え防止の装置も無く、運動神経に自信がある者ならば乗り越えるのはそう苦ではないだろう。
「そういう訳だから、説教が増えると思うとな……」
「気も滅入るわな」
「だろう……って、何不法侵入しようとしてるんだっ!?」
後ろでしてた声が上から聞こえればすぐに気付かれても仕方ない。
飛びついた塀に掛けた足を蹴り上げる。迫るルートヴィッヒからタッチの差で逃れ、彼の手がむなしく中空を空振りした。つけた勢いに合わせ上半身を持ち上げれば、ギルベルトの躯体は容易く塀の上へ登りつめた。
異変もなくしっかりと動く体にギルベルトは改めて喜びを噛み締める。
そうと気付かれないようにルートヴィッヒの手の届きそうな範囲からは抜け出して、久々に見下ろす形で弟を望んだ。顔いっぱいに困惑を浮かべ見上げる様がちょっと可哀想な事になってたので、説明してから行くとしよう。
「愚問だぜルッツ。あの坊ちゃん驚かす為に決まってんじゃねーか」
「は? 何故そうなる!?」
その方が面白いからに決まっている。無論、火に油を注ぐことになるので言わないが。
塀の上でじっとする趣味も無いので、ギルベルトはさっさと庭へ飛び降りた。
「あっ、コラ! 兄さん!!」
「じゃーなー。先にバラすなよ」
着地の衝撃をうまく逃がし、柔らかな芝生の上へ降り立つ。
塀向こうで親のように叱り声を上げる弟には悪いが、こういうノリの方が性に合うのだ。
手入れの行き届いた芝生の上を駆けると、サクサクとした音と土の柔らかさが心地良かった。
「……ッ! 自分から説教の材料を増やすんじゃない!!」
まさにその通りのツッコミを背に受け、ギルベルトは走りながら噴出した。
作品名:消えなかった結果がコレだよ 作家名:on