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墓を掘るなら早いほうがいい

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 一方、水谷は小学1年生の秋のある日を思い出していました。
 かなり肌寒くなってきたというのに「ソフトクリームでも食べていこっか」という母に連れられ、帰り道の途中にあるショッピングモールに寄りました。フードコートにある長椅子に腰掛け、二人並んで黙々と冷たくて甘いソフトクリームを食べました。いち早く食べ終わった母が深いため息をついたので、水谷はさっきの母と担任教師のやりとりを思い出しました。
『おうちのほうでいったいどのような教育を……ほかのお子さんに悪影響……ご家庭のほうでもよく言い聞かせて……』
 母がずっと頭を下げ教師に謝罪しているのが気の毒で、その時になって水谷は「自分はとんでもないことをしでかしてしまったのだ」と深く心がしおれました。
「ふみき」
「どしたの、おかあさん」
「……なんで将来なりたいものに『およめさん』って書いたの?」
「おかあさんは、おとうさんのおよめさんだよね?」
「そうだねぇ」
「おかあさんが毎日しあわせそうだから、ぼくもおかあさんみたいな『およめさん』になりたいなぁって」
 バカな子ほどかわいいというのでしょうか、母は水谷を抱きしめました。腕の力が強すぎて水谷は息をするのが苦しかったけれど、母から小さな嗚咽が聞こえてきたので離してとは言いませんでした。

 それから水谷は2度と自分の夢を口に出しませんでした。自分の身勝手は他人に後ろ指を指されるものであり、また家族をも困らせるものである、それくらいあの出来事は水谷にとって大きな教訓となったのです。
 月日が経てば薄まるだろうと思ったその野望は、年を重ねるごとにむしろすくすくと育っていきました。およめさんは無理だけど主夫ならなんとかなるんじゃないか?欲望の向く方向を少しずらそう。そういうふうに考えられるまで、水谷は成長しました。

 ですから水谷も最初に栄口と顔をあわせたとき、感じのいいやつだなぁくらいにしか思っていませんでした。さりげない気遣いを振りまく調停者、それが栄口です。ドジでノロマな自分が阿部に罵倒されるたび、栄口は優しく声をかけてくれたり、押し付けられた仕事を手伝ってくれたりしました。
 実はたいへん寂しいことに、水谷の周りに阿部のようなタイプはいたことはありましたが、栄口のように、フォローをしてくれる人物はいなかったのです。水谷は男女問わず、「水谷だから」と小馬鹿にされていました。水谷自身もわりとすんなり人の輪の中に入ることができるそのポジションを気に入っていました。
「水谷つらくない?」
「えー?なぁに?」
「お前、ヘラヘラ笑ってるけど」
 オレ、お前のそういうところ、ちょっと心配なんだ。
 そんなふうにまっすぐに言われてしまったら、そんなふうに気にかけてもらったら。
 水谷は栄口の優しさに顔がゆだってしまいました。
「……ぜんぜんへーきだよ?」
「そかぁ?だったら水谷ってすごいよな」
 みなさん、ここで水谷が、栄口のことを『運命の人だ』と思い込んでしまったことを許してあげてください。不遇の人間というものは往々にして惚れっぽいのです。
 水谷は突然スポットライトが当たったような気分になりました。真っ暗なステージの上で踊る水谷へ明かりを降らせ、「オレは気づいてるよ」と、栄口は認めてくれたのです。生きててよかったと思うくらい幸せで、死にそうなほどうれしかったのです。
「さかえぐちだって、すごいよぉ」
「ははは、なんかそう言われると気持ちわりーな」
 その笑い方、感じが良すぎます。今の水谷を気持ちを温度計にたとえると、ぐいーんと軽く100℃を超え、急な温度の上昇に、みしみしとガラスの理性にヒビが入っていきます。沸騰した頭の中ではぐらぐらと恋愛感情が煮詰められていました。水谷は栄口の両手を、自分の両手でもって包みました。
 煮えたか、どうだか、見てみよう。
「……ん?水谷?どしたの?」
「おれの旦那さんになってくれない?」
 悲しいかな、教訓を忘れてしまうのも、また水谷なのです。