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墓を掘るなら早いほうがいい

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 阿部は内心、これはひどいことになったな、とたいへん珍しいことに反省していました。冗談半分の噂が、ここまで水谷と栄口の仲をひっかき回すとは思っていなかったのです。
 というか阿部的にふたりは両思いだと思っていたので、どうしてここまで荒れた関係へ変化してしまったのか、全く以って不可解です。自分は、くっつきそうでくっつかない水谷と栄口に助け舟を出したつもりでした。
 それがこのザマです。水谷は朝練に遅刻し、授業中もずっと机に伏せっていました。今ミーティングの相談に来た栄口も表面上はいつもと変わらないふりをしていますが、目の下にはクマができていましたし、会話の最後にかならずため息を付けてきます。
「なんなんだよ栄口、もっとしゃきっとしろよ」
「あー……、ごめんごめん……」
 なんとかしなければ。なんとか、すべきなのだろう。仮にも阿部は副キャプテンで、立派な責任感があります。しかし自分の意図しない方向へ、どうも地雷をしかけてしまう癖があることに阿部自身は気づいていません。
「うぜーな、水谷ごときでよ」
 びりり。消しゴムをかけていた栄口の手に変な力が入り、斜めに紙が裂けました。
「……水谷なんて関係ないし」
 紙の上の消しカスを払いながら栄口は言います。だったらあからさまに雰囲気を変えるなよ、と阿部は言おうとしましたが、さすがにそれは止めました。なぜなら、栄口の持っているプリントはあとで部員全員にコピーして回すもので、混乱した栄口にこれ以上、紙を取り返しのつかない状態にされたくなかったからです。阿部はとことんフィジカルな男です。
「お前のこと、あんなに好きになってくれる奴なんて今までいたかぁ?」
「今まではいないけど、これからはできるかもしんないじゃんか」
 栄口が話題を逸らそうと必死なのが阿部にも伝わってきます。ぺらりと紙をめくり、セロテープがいるな、と独り言を言いました。阿部が持っていないことを告げると、栄口はセロテープセロテープと変な節をつけ、壊れた機械のように繰り返します。おそらく頭が回らないのでしょう。
 阿部にはなんとなく、栄口のそれが逃げであると気づきました。
「栄口だって嫌いじゃないだろ、水谷のこと」
 ついに栄口はセロテープとも言わなくなり、手の動きも止まりました。キャッチャーとして打者を追い込むのが得意な阿部は、友人である栄口を追い込むのも得意なのです。
「つかあいつ、『栄口に嫌われちゃったからもう生きていけない』とかなんとか」
「えっ!ちょっ、水谷どこだよ!?」
「屋上行くとか言ってたような気がする」
 阿部がすべてを言い終わるころには、もう栄口は7組の教室を後にしていました。
 あらら足の早いことで。栄口の慌てぶりに毒づいたあと、阿部は自らの発言を顧みました。
 多少、どころか、かなり誇大表現してしまったけれど、
(まぁ栄口にはあのくらい言っていいだろ、あいつただでさえ腰重いし)
 と適当に納得しました。長生きするタイプの阿部が向かったのは9組の教室。通称『火薬庫』、です。