ファズ
ダンテの告げた言葉に、ネロは思わず自分の耳を疑った。
――― 失いたくない?何を言っているんだこの男は・・・・
怪訝そうな表情を浮かべるネロに、今更気恥ずかしくなったのかダンテは視線をそらす。
「失いたくないって・・・・」
「言葉のままだよ。失いたくない。だから、危ない仕事には出てほしくない」
開き直ったように一気に言うと、ダンテはネロを抱きすくめた。こんな行為には慣れているものの、切羽詰まったようなその腕の強さが、ネロの心を苦しくさせた。
ダンテが沢山のものを失って、だからこそこれほど強くなったのだということは十分に承知している。しかしその喪失は、彼を強くするだけでなく、彼の心に深い傷跡を残しているのだ。これまでのダンテの姿を見てきた分、女々しいと言って切り捨てることなどできない。ましていつも余裕綽々で弱さなど垣間見せないダンテが、こうして心の弱い部分をさらけ出しているのだ。
ダンテの背に腕を回し少し強く抱きしめると、はっとしたようにダンテは身体を離す。それに従って、ネロもすぐに腕を離してやる。
言いたいことは沢山あった。もうガキじゃないんだから、とか、もっと対等に扱ってほしいだとか。だが、ダンテがネロを思う気持ちを、無碍にはできなかった。
「・・・・分かった、行けよ」
「ネロ?・・・・いいのか?」
「ああ。だけど・・・・絶対に、無事に戻って来いよ」
「・・・・当然だ。約束する」
ようやく笑ったネロに、ダンテも笑みを返す。ふと、ネロが懐に手をやる。ダンテが不思議そうに見ていると、ネロは一枚のコインを取りだした。少し古ぼけているそのコインは現在使われているものではなさそうで、ダンテの疑問はますます募る。
「やるよ。おまもりだ」
「おまもり?」
ネロが手渡してきたコインは、珍しい両表のコインだった。聞けば、ネロが幼い頃からおまもりとして持ち歩いていたものだという。
「そんな大事なもん、貰ってもいいのか?」
「預けとくだけだ。返しに来いよ」
その物言いにダンテは再び笑ってから、コインを大事そうに懐に仕舞った。それから愛刀を担ぎ直してから扉に手をかけ、ふと振りむく。もうしばらく会えなくなる恋人が、心配そうに、しかしそれを隠すような気の強い眸が、こちらを見ている。少し身体を寄せて、ダンテはネロの唇に触れるだけのキスを落とした。
「いってきます」
それだけ告げて、ダンテはその扉から出ていった。
主の去った部屋で一人、ネロはぼんやりと閉じた扉を眺めていた。普段から気障な奴だとは思っていたが、まさかこんなことをするなんて。ネロは口元に笑みを浮かべて、固く閉ざされた扉に向かって呟いた。
「・・・・いってらっしゃい」