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消えなかった結果がコレだよ/ex

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 一度ダイヤルを回しては肩を落とし、時間を置いてまたダイヤルに手をかける。
 そうして繰り返し電話を鳴らしても、結局繋がる事はなかった。

 備え付けられた電話近くのソファに沈み込んでどれだけ経ったろうか。
 ふと気付いたら目線が落ちてしまっていて居住まいを正す。ソファの立てる重苦しく軋んだ音がやたら耳障りだった。
 いっその事、現地に直接赴こうかとも考えた。
 けれどもし、万が一。望まざる事態を迎えていたら。
 彼らの愛する民衆達が歓喜の声を奏でる中で、彼の弟が独り取り残されていたとしたら。
 やり場のない感情を、見苦しいただのエゴで慈しまれるべき民にぶつけてしまうだろう。それだけは自分でもどうしても許せない。
 そうしたぐるぐると渦巻く葛藤と煩悶で、もう随分長い間ソファに釘付けにされていた。

 手慰みに前髪を掻き上げ、壁掛けの時計を見遣る。
 短針が隣の数字へ移動しているのに気付いて、もう一度電話に手を伸ばした所でベルが鳴った。慌てて受話器を取る。

「はい」
『エリザベータですか?』
「ローデリヒさん…?」

 回線を通ってきた声は、エリザベータが再三に渡って電話をかけ続けた相手ではなかった。
 けれど、何度も『今度こそ』の願いを手折られた今のエリザベータに、ローデリヒの声はとても暖かに染み込んだ。
 じわりと世界が潤んだが、気取られないよう意識して喉を震わす。

「どうしたんですか?」
『簡潔に言います。ルートヴィッヒから連絡がありました。ですが、詳しいことはまだわかっていません』

 反射的に聞き返そうとして、思い留まる。ローデリヒはしっかりと言っている。詳しいことはまだだと。
 落ち着きなさいとエリザベータは胸中で自分を言い聞かせた。
 そうして空いた間を置いて、さらにローデリヒが続ける。

『そちらには……?』
「いえ…何も……」
『……そう、ですか』

 僅かな沈黙にローデリヒの考えが伺えた。
 それはあまり歓迎したくない可能性に関する事で、エリザベータがその事に引っ張られはじめる前に再び話しかけられる。

『とにかく、明日ルートヴィッヒは私の所に来ます。それでエリザベータ、よろしければ貴方も…』
「行きます」

 あの兄弟とエリザベータの付き合いは深い。それは確信をもって言える。
 なのに今だ音沙汰がない。なら、再び電話をかけたところで連絡がつくとも思えない。
 わざわざ無駄足を踏むことはない。確実に会えるのならばその方がいい。

「それであの、何時頃に来ると言ってました?」
『いえ、それが…大事な事を何一つ言わずに切ってしまったのですよ、あの御馬鹿は。後でかけ直してみますが…』

 ローデリヒとて何も分からない現状に落ち着かないだろうに。
 それでも選ぶ言葉一つ一つや話し方の気遣いが、エリザベータの重たい気持ちを和らげさせる。

「……あの、今からそちらに向かっても大丈夫ですか?」
『今から…ですか? 空き部屋はたくさんありますが…深夜になってしまいますよ?』
「その…家でじっとしてると、落ちつかなくて…」

 エリザベータは今でこそたおやかに振る舞うが、元来体を動かすのが好きな性質だ。
 翌日ローデリヒの家に向かうまで大人しくしていたら、また気が滅入ってしまう。
 どんな些細な理由でもいいから、動く為の口実が欲しかった。

『…わかりました』

 そしてそんなエリザベータの心情を、ローデリヒはただ汲んでくれた。

『貴方がこちらに着く頃、迎えに行きますから』
「え、ローデリヒさん迷子になっちゃいますよ」

 エリザベータの返しに、うっと息の詰まった呻きが聞こえた。
 ローデリヒは自他共に諦める程度に道に迷う。ひどい時は行き慣れた知人の家でさえも地図を必要とする。
 本人が言うには、考え事をしている訳でも標識や目印を見逃している訳でも無いのに、気が付くと知らない場所に迷い込んでいるらしい。
 自覚があるだけに返答までしばし時間がかかった。

『…タクシーで。それでいいですね?』
「我侭言ってすみません。ありがとうございます」

 ローデリヒなりの妥協案にエリザベータは久方ぶりに笑う。微笑んでいられる。大丈夫。

『それではエリザベータ。私がルートヴィッヒに電話をしている間に、一度顔を洗ってすっきりしてきなさい。あと必ずお茶を飲みなさい。一口でもいいです。わかりましたね』

 遅くとも30分以内にはかけ直します。
 言い聞かせるように最後を結んで、ローデリヒが電話を切った。
 静かに受話器を置く。鬱屈とした重さはエリザベータの底の方でまだしつこく渦巻いていたが、それでも先程までに比べれば大分楽になった気がする。
 見抜かれてるなぁと苦笑混じりにため息をついて、エリザベータはローデリヒへ改めて感謝の意を呟いた。
 両の手で自分を頬を思い切りはたく。パンと乾いた音を切り替えスイッチに、エリザベータは長く動けずにいたソファから立ち上がり洗面台に向かった。



 この後。彼女が家を出てから十数時間後に電話のベルが鳴り響くが、誰にも聞き留められぬままやがて止む事になる。