バベルタワー
欲しいものを聞いたってあまりいい返事をしない栄口へプレゼントを選ぶのは新手のなぞなぞより難しい。「特に何も」「気ぃ使わなくていいって」、それらのヒントから何をあげれば喜ぶか考えなければならない。
天気雨がどしゃぶりへと変化し、練習が早めに切り上げられたある日曜、しなびたナスのへたはその右往左往する毛先を無理矢理ワックスで直し、少し遠いところにある大きいデパートまで来ていた。似合いそうなTシャツでも送ろうとふらふら服屋めぐりをしていたら、いつの間にか自分の欲しいものばかり見つけてしまい、気を取り直すために1階へと戻った。
水谷は時々、自分と栄口はまるで砂取りゲームをしているようだ、と思うことがある。盛った砂のてっぺんへ棒っきれを突き刺し、それを倒さないよう交互に砂をすくう、よく砂場や海でやったゲーム。最初は遠慮することなく自分の取りたい分だけ砂をかき集めていたのに、砂の山が小さくなってしまった今、やたら臆病になっているような気がしていた。それは対する栄口も一緒で、慎重な指先で砂をなぞり、あくまでこれだけ取ったと主張し、水谷へ順番を回してくる。ずるいというか、らしいというか。でもその気持ちはよくわかる、今や砂へわずかに触れるだけでじわりと棒は揺れる。砂の山が崩れてしまったあと何を語ればいいのか、どういう表情をしたらいいのか……、ひとつの恐怖だった。
でも、曖昧な受け答えの中に時々自分を試すような言葉が混じっていることを気のせいだとは思いたくなかった。砂に触れるその一瞬、何かを迷う、ためらいを秘めた視線で水谷を見る栄口を信じたかった。そういう自分が普通じゃないことくらい、砂取りゲームの相手を栄口にした時点でわかっている。
頭の中で細長い棒状のことばかり考えていたからだろうか、水谷はふと色とりどりの様々な種類の傘が並べられているコーナーが目に留まった。傘はいいかもしれない。これからの季節必要になるだろうし、栄口もあまり気負わないで受け取ってくれるだろう。
あれやこれやと悩んだ挙句、結局最初にいいと思った鮮やかな黄緑色の傘を選んだ。色の濃い葉に雨が滴り、湿りきった緑の中を若葉のような色合いのこの傘を差した栄口が歩くことを想像し、水谷はとんでもなく素晴らしい思いつきだ、とひとり小さく笑った。
無事買い終わったら外の雨は上がっていた。張りめぐらされた薄い水の膜が徐々に電飾が灯り始めた繁華街を鏡のように反射する。
未だどんよりと空を覆う雲を、夏にはまだ遠いと実感させる冷たい湿度を、目にまぶしい足元の残像を蹴飛ばし、2本の傘を持った水谷は家路へと急いだ。