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かぐたんのよせなべ雑炊記

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センセイのてつがくかふぇへようこそ☆(3)



件のグラサンおやじが訪れてからというもの、店の客層が目に見えてがらりと変わった。
どいつもこいつも人生に疲れたムサい中年オヤジばかり、――ったくどーゆーコネクション持ってやがんだアイツぁ、辟易している雇われマスターとは裏腹に、先生は水を得た魚状態で生き生きキャッキャしていた。
どんなくたびれオヤジにも自ら酌をし、ひとりひとり熱心にグチ話にも耳を傾ける。いくら銚子の中身が水だからって水道代はタダではないし、燗をつけるにもガス代が必要だ。何よりもっともすり減らされたのが、意外にも打たれ弱いマスターのデルケイトハートだった。
(……、)
燗をつけつつカウンターの向こうでじりじり胸を焦がしながら、手を伸ばせばそこに居るのに、かの人には決して届かぬ叫びを訴える、
――先生、もしかしてこれはそーゆーぷれいなんですかっ?! ひょっとしなくても実は先生どえすでしたっけ?! 叔父上叔父上って、そのたび俺のココロがヨレヨレに萎びていくのがそんなに面白いんですかァァッ!?!?
(……。)
ドトウのようなふらりおっさん客波状攻撃がひと段落ついたところ、テーブルを片していた先生が言った。
「どうしたんですか?」
「……え?」
視線を感じて、洗い物をしていたマスターは顔を上げた。目の前で先生が心配そうに首を傾げてみせる。
「なんだか疲れているみたいですよ?」
「……、」
マスターはカランの水を止めた。皿の水滴を一振り落としてステンレス製の水切りカゴに立てる。
「そんなことありません」
――気のせいですよ、マスターは軽く口の端だけで笑った。
「……そうですか?」
カウンターを拭いていた布巾を差し出して先生が言った。マスターはふっと肩を上げた。
「そーですって、」
カウンター越しに受け取ろうと伸ばした腕を、不意に先生の手が掴んだ。
「……、」
マスターは目を上げた。
「おまじない、してあげましょうか?」
にっこり笑って先生が言った。たちまちマスターはポッとなった、……いやいや、
「――先生、」
思きしカッコつけたキメ顔で先生と見つめ合う。先生はカウンターに片手を付いてやや爪先立ちになった。先生の重心を受け止めるようにマスターも姿勢を傾ける、
♪カララン、
「……、」
先生がさっと首を回した。マスターの溢れる思いはもののみごとに空振った。――これでまた客がオヤジだったらまじブッ飛ばす! しかしその鼻息すらも俄然虚しく空振るのであった。
「あっ、あのー……、」
扉を開けておずおず顔を覗かせたのは、黒髪眼鏡の地味な少年であった。いや、造作自体は至極地味だが、反比例するかのように着ているものはドコの祭り帰りだか、そんな祭りにはこちとら参加願い下げレベルのド派手な蛍光カラーの法被だった。額には『ナントカ命!』ご丁寧にハチマキまで巻かれている。
「いらっしゃい、今日はコンサート帰りですか?」
少年に席を勧めながらにこやかに先生が訊ねた。
「……いやあのっ、オフで自主上映会だったんですこないだ出たライヴDVDのっ」
少年は肩に掛けたイタ袋?っての?イタ車の袋版だよ何だっけ、……まぁいい、推しメンの雑誌切り抜きが隙間なくビッチリ貼られたバカデカい紙袋からDVDケースをさっと抜き出してみせた。もちろん特典プレミア映像付きシリアルナンバー入りスペサルパッケージ仕様初回限定プレス盤のブツである。知らんけど。
(……。)
――やれやれ、マスターは冷蔵庫から取り出した牛乳をミルクパンに注いだ。なぜかわからないが、ごく自然な流れでそうしていた。
「……ホラよ、」
――これで貸し借りナシだぜ、マスターは我ながら意味不明の台詞を吐くと少年の前にホットミルクのカップを置いた。
「あっ、ありがとうございます、」
少年はふーふーしながら少しずつカップを傾けた。
「写真、見せてもらってもいいですか?」
少年が床に下ろそうとしてためらったイタ袋を膝に預かっていた先生が言った。
「あっ、どうぞどうぞ、」
少年はぱあっと明るい顔になるとイタ袋の中の分厚い生写ホルダーを取り出した。
「……すごい、本当にこの子ばっかりなんですね、」
めくってもめくっても金太郎飴のホルダーを眺めながら先生が感心したように言った。マスターも別な意味で感心した。ウン、こいつアホなんだなーと改めて認識した。
「……ボク、」
ミルクカップを抱えた少年がカウンター席でぽつりと呟いた。
「だけど、本当のところはわからないんです、今の僕がどういうつもりでこの子のこと応援してるのか」
「えっ?」
先生は俯いた少年の横顔に目をやった。――ハア? こんだけ同じ写真(正確には一枚ずつビッミョーにアングルが違っているので別物なのだが)大量に買っといて何ほざいてやがんだ、マスターはボリボリ天パの後ろ頭を掻いた。
「……」
――コトリ、少年はカウンターにカップを置くとぽつぽつと話し始めた。
「なんだかボク、ヤケになってるだけなんじゃないのかなって、……そりゃこの子がサードにいたときから……、――あっ、サードっていうのは、トップ・セカンド・サードってレッスン研修生から選抜されて順に上がっていくシステムになってて、サードっつってもその段階でそりゃもう結構サバイバル激しくて、……あ、なんか話逸れちゃいましたスイマセン、えっと、そうそう、彼女がサードにいた頃から彼女の名前で情報局入ってたくらい推しメンだったのは事実ですけどっ」
――でも、少年は言葉を切ると膝上に拳を握り締めた。もーワケがわからん、マスターは思った。
「……なんか、あの頃とは気持ちが違うんじゃないかなって……、」
少年の手の甲にぱたりと大粒の涙が落ちた。先生はカウンターに開いていた写真を閉じた。啜り上げながら少年は続けた。
「……ボク、……ボクはっ……、いまのボクは、純粋にこの子を応援してるんじゃなく、辛い現実から目を反らしてこの子に逃げてるだけなんじゃないかって、」
――をーいをいをい、感極まった少年はカウンターに突っ伏した。そうして、涙ながらにつっかえつっかえ説明した、そんな半端な気落ちでヲタを名乗ることがどれだけ非法で礼儀知らずかつ恥ずべき行為であるか、今の自分に果たしてヲタたる資格があるのかと。
「何か心当たりがありますか?」
少年が落ち着くのを待って先生が訊ねた。
「以前はもっと、前向きな気持ちで彼女を応援できていたのでしょう?」