かぐたんのよせなべ雑炊記
「じゃあ、とりあえずソレで話進めて」
「ハイッ!」
――ありがとうございます! 頭を下げて返事をしながら、いつの間にネ申楽ちゃんはカントクだったんだろうか、僕は思ったが、……ま、コーチの上つったら普通カントクだもんな、納得してストーリーの続きを説明した。
「……それから僕たちは、毎日バイトが引けたあと、僕の安ドミトリーで一緒にパンを焼き始めるんだ。生き甲斐を取り戻したマ夕゛オさんはめきめきパン作りの腕を上げて、僕も少しずつだけどおやじさんに認められるようになって、――いつかは、なんてことも考え始めてて、そんなある日、初めておやっさんに褒められたパンを持って浮かれた僕がアパートに帰ると……」
しかし、僕はそこで、胸が詰まって言葉が止まってしまった。
「?」
ネ申楽ちゃんがくきわかめの袋を持って首を傾げた。マ夕゛オさんは、うなだれる僕の肩にポンと手を置いた。
「……、」
僕は曇った眼鏡を上げた。マ夕゛オさんの無精髭面が呟いた。
「しょうがないよ、おじさんってのはそういう悲しい生き物なんだ」
「……マ夕゛オさんっ!」
僕は堪えていた嗚咽を、縋ったマ夕゛オさんの胸に吐き出した。――ヲーイヲイヲイ、みっともなく鼻水啜り上げながら、……どうしてだろう、マ夕゛オさんは、マ夕゛オさんといると僕はいつでも胸がいっぱいになって、満たされているのに、満たされていればいるほど不安の方が大きくなって、いつか失うことに怯えてしまう。またいつか、あのときみたいにマ夕゛オさんは僕の前からふらっといなくなってしまうんじゃないかって、嫌でもそのことばかり考えてしまうのだ。
「……そしたらまた、懲りずに追いかけてくれればいいさ」
マ夕゛オさんが、グラサン越しの表情を少し緩めて言った。「おじさんだから、そのうち逃げ足も心許なくなるだろうしね」
――そしたら、そのときはいよいよ君に捕まってしまうかもしれないなぁ、マ夕゛オさんはそう言って僕に笑った。
「マ夕゛オさんっ、」
僕は眼鏡の下の涙を拭った。
「オーイ、」
涙に歪んだ視界の端っこで、置いてきぼりのカントクのネ申楽ちゃんが、地蔵のような顔でひらひら手を振っている。
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作品名:かぐたんのよせなべ雑炊記 作家名:みっふー♪