escada
欲しい物は毎日増えるけど、新しい情報が入るたび古いのは忘れてしまう。多分それは覚えておくほど大事な物じゃないからだ。
だとしたらオレの「栄口が欲しい」っていう気持ちは次々に脳みその中へと送り込まれる強豪を勝ち抜いた、正にMVPなんじゃないだろうか。
だからなんだっていうんだ。ていうか好きとかいう気持ちを茶化さないと恥ずかしくて死にそうになるし、自分で一人つっこみ入れないと正直やってらんない。
欲しいっていうのはすけべな意味じゃなくて、もっとこう精神的に側にいたいんです。貪欲に隣に居たいんです。誰か暇な奴いないかなって栄口が考えたときに、真っ先に思い浮かぶのがオレでありたい。
「腹減ったよぉ……」
「あ、アメあるよ。甘いのだけど食べる?」
どうしようもない友達を放っておけない栄口の性格につけ込み、何かあるたびわめいたり愚痴こぼしたりしてなんとか隣をキープしているオレは男としてかなり情けない。でも栄口はいつも優しいし、こんなオレに嫌な顔ひとつしない。
「ありがと、栄口」
「どういたしまして」
あんなふうに目を細めて慈しみ深く微笑まれると栄口はオレのことを何でも許してくれるんじゃないかと誤解してしまう。その思い上がりに輪をかけて「栄口が欲しい」という気持ちに少しずつすけべな要素が入ってきているあたりがやばい。やばいとは思ってるんだけどやめられない。
栄口はいつも笑っているけれど、オレのことをどう思っているんだろう。もしかしたら心の奥底では嫌われているのかもしれない。うざいし、迷惑かけてると思うし、十分嫌われる原因はあるのだ。
かといってこの「どうしようもない奴」という立ち位置を崩すつもりはないのは、栄口との距離が一番近いような気がするからだった。いい奴で普通の友達なんていう、おそらく栄口内友達人口比で大部分を占めるところにいたくない。
「水谷の誕生日1月4日だったよな?」
「うん、年明け最初の練習日だよー」
「何欲しい?」
顔を覗き込まれて思わず変なところから声が出そうになった。オレが何か言うのを栄口はまっすぐに待っている。
「そっ、そんなすぐ思いつかないよぉ」
「あれ? 欲しい物たくさんあるんじゃなかったっけ?」
「あるけど……」
栄口からもらえるものなら何でもいいけどなんでもよくない。新しい携帯もCDもゲームソフトも欲しいけれど、そんなつまらないものに「栄口からもらった」という前提をつけてしまうのはどう考えてももったいない気がする。
「たくさんありすぎて選べないとか?」
「……そうそう!」
オレが慌てて頷くと、栄口はカラカラ笑って「水谷らしいなぁ」と言った。栄口の中の「オレらしさ」ってなんなんだろう。ちょっと複雑になった。
「決まったらさ、メールして。電話でもいいし」
そう言って栄口が吐いた息が夕闇に溶けたのをオレはずっと大事にしたいなぁと思う。
もちろん答えは出ない。無難なものは自分が納得できなかった。大晦日も過ぎ、元旦になってもぐるぐるしていたから、栄口へのあけましておめでとうメールはずいぶん質素なものになってしまった。
悩めば悩むほど「栄口」が欲しくなるけど、多分それをそのまま伝えたら今後目も合わせてもらえないんだろう。もっとこうオブラートに包んで「栄口と一緒に居れたらいいよ」とか言えばいいんだろうか。……言えるかー!
「まだ悩んでんの?」
練習が終わった後、みんなにつらーっとおめでとうと声をかけられてから栄口がオレに聞いた。
「休みの間中考えてたんだけど……」
「そんなに悩むようなことかなぁ」
遠慮してんの? と小首をかしげ栄口は小さく笑った。遠慮なんてしていない、ただ言葉に出してしまうのが怖いだけ。「一緒に居たい」って打ち明けちゃったら一緒に居れなくなるなんて笑い話にしたってひどすぎる。
「なんかオレ悩みすぎて、春になっても無理な気がする」
「おおげさだなぁ……まぁ特に期限はないからよく考えな」
「……じゃあずっと悩んでてもいい?」
一時停止ボタンを押したみたいに栄口の動作が一瞬止まったのは、多分オレの見間違いじゃないと思うんだけどどうなんだろう。さすがに呆れられたかな。
何でもいいから言いがかりをつけて栄口と繋がっていたい。今にも折れそうだけど、なんとかはしごを栄口側に引っ掛けておきたい。それだけで、それを、誕生日プレゼントにしたっていいじゃないか。
「……ちゃんと覚えておけよー?」
「忘れるかよぉ」
絶対忘れない。お互い高校生じゃなくなって今みたいに気軽に会えなくなっても、隣に居られなくなってもオレは覚えてやるよ、ずっと。
願い事はたぶん、栄口へ伝えられることはない。もし何かの拍子に吐き出すとしても、それが叶うとき以外ありえないだろう。それなら、なんだかオレはとっておきの片思いをしているような気がして変な充実感に満たされた。