Hey Mr.travellin' Man
辺りの様子を窺うが、人の気配はなし。
給水中には人の乗降はできない。休憩中に手洗いを装って荷物を持って、久々の休憩にはしゃぐ子供達の喧噪に紛れて、さり気なく移動してきた。
ここは給水を行っている前方からは死角になる場所だ。それでなくても、今は見通しが利かないはず。
いつも通りの手順だ。
今回はイレギュラーで人と鉢合わせをしてしまったが、探し物をしている所だと誤魔化した。
気の良いあの婦人はそれを信じてくれたようだが。
日は完全に落ち、辺りは闇に閉ざされている。
そしていつものように闇に紛れて待てばいい。次の列車がここに着くのは、もう1時間もないはずだ。
下手に飛び降りれば線路に敷かれたバラストの音を不審がられる。そろ、と手持ちのトランクを置いて、降りようとしたその時だった。
「――――何処へ行かれるのかな」
カツ、と背後で何かを固い音がした。
いや、それより、何故だ。気配なぞ、何も――――。
ぎりぎりと、油ぎれの人形のような動きで振り返れば、背後には一人の男が立っていた。
傍らには涼やかな相貌の女が控えている。
闇に紛れるようなその男は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「忘れ物は見つかったようだが、肝心のものを置いて行かれるつもりかな?」
大事なものだと仰有っていたでしょうに。
そう続けられて、ざ、と血の気が下がった。
まずい。これは、見つかってはいけない者に、見つかった、かもしれない。
男はただそこにいるだけだ。
なのに、手に震えが走る。
「わ、私に何かあれば、アレの爆発は避けられないぞ」
暗に解けるのは自分だけだから手を出すなと告げても、男の表情は変わらなかった。
「解体を失敗すると?それはありえないな」
おどけて肩を竦めるようにして首を振る。
「何せ彼は中身を開けずとも丸侭無効化できる。爆薬の成分や種類は事前に伝えてあるしね」
――――その証拠に、ほら、トランクならここに。
弾かれるように飛び降りた。
とにかく、ここから離れなければ。
気ばかり焦ってうまく進めない。笑う膝を無理やり動かして、線路脇を転がるように伝い行けば、影になった暗がりから、小柄な影か飛び出して。
同時にパン、と何かを弾くような音と、青白い光が。
気が付いた時には、手足を拘束するように完全に地面に縫いとめられていた。
半ば恐慌に陥りかけた意識で、じゃり、と背後に近付く足音に反射のように振り向く。
「――――とりあえず、一つ答えてもらいたいんだが」
「貴方に情報をリークした中央の情報源はどなたかな?」
まぁ詳しい話は司令部に着いてからでも構わんがね。
「…ご同行願おうか?」
逆光で表情は隠されているはずなのに、く、と唇が半月の形に吊りあがったのが判った。
作品名:Hey Mr.travellin' Man 作家名:みとなんこ@紺