Hey Mr.travellin' Man
そんな様子をはたから見守りながら、ホークアイは大佐の1本勝ち、と内心で呟く。弟を抱きこまれたら、この兄は手も足も出ないからだ。
しかし相変わらずこの上官の前では好対照を示す兄弟は見ていて面白い。特に兄があからさまで。
大人げない大人に度々付き合わされている兄弟には、ちょっと申し訳ない気持ちもするのだが。
こと先日のこの一件では、この兄の連絡無精のおかげで司令部の面々は結構やきもきと心配させられた。なので、そのやきもきさせられた大人代表の、ちょっとばかりの意趣返しのつもりでもあるその提案にはあえて口を挟まない。
この上官もそれは予想済みなのか、条件提示は喜々として。
「さてこちらの対価は?」
にっこりと、綺麗に悪魔が笑った。
そんな内情も知らず、対するエドワードは、この憤りをどうしてやろうと拳を握りしめた。
何でこいつはこうなんだ。 と、つくづく不思議に思う瞬間がある。
自分の倍近く年上の、大人のはずなのに。
いけ好かない、何を考えているのか分からない上官のはずなのに。
こんな風になし崩しに巻き込んでくる事は、実は結構珍しい。たいていは危ない事はやめろだとか何とか言ってく事件から故意に遠ざけようとするのが大半だ。
そんな大人対応を向けられるかと思えば、今回のようにあんた年いくつなんだと聞きたくなるほどコドモな対応が返ってきたりして。
本当に掴み辛い。
第一、そんな取引めいた事を言うなら、最初から命令という形を取ってくれればいいのに、何故かこの大人はこちらに選択の余地を残す。
思えば、最初からそうだ。
こう見えて弟と2人、結構世間をそれなりに渡り歩いてきて、色んな人と関わってきた。そこらの同世代たちよりももっぱら大人を相手にしてきた方が多いから、色々対処法だの処世術だのはある程度身についているとは思うんだけど。
・・・目の前のこの大人相手に、それをあまり生かせた覚えがないのは何故だろう。
きっと素直に頷いていれば、妙なツッコミもされずに稀少本の情報だけちらつかされたんだろうなという所が見えているのがなんだか余計腹が立つ。
エドワードは、釣られたんじゃない釣られたんじゃない負けたのは可愛い弟のお強請り目線だけ、と。
微妙に言い訳めいた事を自分に念じながら、諦めて大きく息を付いた。
そうして。
内心プリプリしながら乱暴に扉を閉めて出ていく子供の後ろ姿を見送りつつ、男は傍らに座った彼の弟に、巻き込んですまないね、と小声で告げた。
「…いえ、乗り合わせちゃったのは僕らですから。・・・というか」
どちらかというと、こんなピンポイントで鉢合わせた僕らの方がすみませんて言う事になるかも…。
「・・・・・・。」
「兄さん、変に暴れないと良いんですけど…」
微妙に宙に視線を泳がせるアルフォンスに、残りの2人も一様に口を噤んだ。
・・・毎度、もれなく無条件で巻き込まれる弟ならではの実感の隠った一言だ。
2人同時に「始末書」だの「顛末書」だの「請求書」だの、出来れば見るのも嫌な3大報告の書式が頭を過ぎったような気もするが。それはもう数刻前に入った連絡で、途中から乗り込んでくる乗客名簿の中に、エルリック兄弟の名前があると聞いた瞬間から容易に予測の付いたことではあるので。僅かに苦笑を浮かべた司令官は、次の時にはさっさと2人を作戦に巻き込む方へと切り替えたのだ。どうせなら目の届くところに置いておこうと。
「…そこはもう諦めているから、抑えられる範囲で抑えておいてくれると助かるね」
「善処します…」
出来る範囲でですけど、と付け加えるのは忘れなかったが。
作品名:Hey Mr.travellin' Man 作家名:みとなんこ@紺