Dear X!
やあ、皆さんこんにちは!早速だけど彼、沢田綱吉について確認したいんだ。ドン・ボンゴレ10代目はボンゴレ史上最高の穏健派であり、そして。
「いやあ、すみませんねえ雲雀のご隠居様。玄関の戸、立て付け悪かったのでちょっと人通りと風通しを良くしてしまいました」
沢田綱吉は雲雀恭弥のおわす居間の襖を開け放つなりそう言いはなった。
確認するまでもない、挑発である。
日本の土地の狭さを完全に無視した平屋。その素晴らしき門構えを少々派手に壊し、悠然と最奥一歩手前まで赴いた沢田は、いっそ朗らかに笑う。笑うが、背景に趣を凝らした日本庭園より戦場の方が似合う笑みだ。まあ、彼は戦いに来たのだから、当たり前だろう。アポなし部下なし手土産なしの強行軍である。これで喧嘩を売っていないなどとほざけるとすればいまだに電波健在のM・R氏だけだ。
辛うじて靴は脱いだことと失礼しますよ、と声をかけたことが家宅訪問時の礼@日本にかなっていた。しかし、敷居を、礼儀にうるさいだろう先輩の前で踏みしめて入ったのだからもう、やっぱりやめた、とはならないようだ。
マフィアの頂点に君臨するボス、沢田綱吉がただひとつ部下たちに報えないことがあるとすれば、ルックスである。顔かたちの問題ではない。外見的に覇気がないのだ。
マフィアのドンの格好を無理矢理させられた日、沢田はリボーン先生から初めて「悪かった」と謝罪を受けた。悪かった、人には向き不向きがあるんだったな、オレとしたことが、悪かった許してくれツナ…。
謝りながらけなすという高等技を披露したリボーン先生は、それでも予想しただろう。二十年後、沢田綱吉がマフィアのドンのファッションを着こなせると。
けれど、リボーン先生は予想できただろうか。沢田綱吉が二十年後、日本に居座っている雲雀恭弥に殴り込むなんてことを。
リボーン先生にも予想できなかっただろう。その殴り込み直談判の訴状が、雲雀の子息による手篭めされかけ事件だということを。
「と、いうわけで参った次第なのですよ、ヒバリさん」
マッチ一本、ここで擦ればニトログリセリン、全部吹っ飛びそうな、空気の中。沢田は雲雀に事の経緯を丁寧かつ分かりやすく話した。誤解など生まれないように話した。どうやらその努力は報われたらしく、雲雀はふむ、頷く。相変わらず雲雀恭弥は雲雀恭弥だ。家屋の損傷は勿論、招かれざる客にも動じず、息子のホモ発覚事件及びゴーカン未遂にすら、動じていない。山のように動かずものを言わない。
なのに、動くときは音速を超え、口からはカミソリと対して違いはない言葉が飛び出す。
「で?何がしたくてわざわざ並盛まで出戻ったんだい」
「まずは謝罪を。ご令息様にイクス・バーナーぶっぱなしました」
「へえ?随分手こずったんだね。それとも、耄碌したのかな?」
「オレの戦闘力の欠乏より、息子さんの敬老の精神の欠如を指摘したいのですが」
「力の及ばない言い訳に使われたなんて、あのこも本当、不憫だね」
「その、あわれみの心を、ひとかけでもオレに与える気にはなりませんか」
「いっそ抱かれて、余生じゃなく第二の人生を歩めば?素質あるんじゃない」
その時、沢田と雲雀の耳はかすかに、マッチをすったような音を聞いたのかもしれない。
仰向けに倒れた沢田の視界には正午の青空が映った。雲雀の居住地の天井も今頃はこの青空が見えるだろう、が、ここまで範囲は広くないはずだ。そう沢田は信じてやまない。
気が付けば並盛神社の境内にいた。どちらが誘導したのか、双方の戦闘本能からだったのか、よくは覚えていないが移動したらしい。もう、どうでもいい。暴れられるだけ暴れることはできたのだから、もう、いい。
はあ、沢田は息を吐いた。まだまだ春は遠く、白く煙る。
襟首に違和感、感じる間もなく、ぐ、掴み上げられ息が止まる。視界は青空から無表情に此方を伺う雲雀恭弥にシフトする。沢田は、崖を覗き込むようにではなく、ちょっと眩しいものを見るように雲雀を見た。
殴られて終わるか、蹴られて終わるか。どちらにしろ沢田はもう、やり返す気などなかった。
だから、ぽつん、遺言のようにこぼす。
「謝りたかったのは、本当なんですよ、ヒバリさん」
首をぐらぐら揺すられないから、心の中でたまった言葉もぶれないのか、素直に口からこぼれる。
謝りたかった。息子さんに、イクス・バーナーしてごめんなさい。ではなく
息子さんのこと、傷付けてごめんなさい。
君、としか言わない沢田に彼が気付いたことに、気付いてしまった。彼が眉根を寄せた顔をみてしまった。まるで、雲雀恭弥な顔。それがさみしそうに見えた、なんて、もう。あんたにそっくりな男が、あんたが小動物だと言いはなった男に、名前を呼んでもらえないだけで、あんな顔するとしたらもう、謝るしかない。
「言いたいことはそれだけ?」
さらに首に負荷。息が苦しい。ああ、あんたなんだかんだで父親、なんだな。並盛や小鳥と同じくらい大切にして来たんだな。顔見たらあきらか、縁者ってわかるのにわざわざ草壁さんの籍に入れて、一応危険から遠ざけて。だって全然殺気緩んでないもん。息子の仇討つんだろ。
「覚悟は、できてますよ」
でも、同意だよヒバリさん。一度だけ見た赤ん坊。怖い先輩そっくりで、あんなにかわいかった子を、傷付けてもいいやつなんて、居やしないと思うんだ。
老いなんて表現から遠くにある雲雀恭弥の顔が映る視野に、まぶたのブラインド。体から力を抜いた。衝撃に備えたいとおののく臓器の訴えを退ける。代わりに口角が自然に持ち上がって、笑む。ボスの笑みではない隙だらけの笑み。息を吐いた。吐いて息を吸うが、うまくいかない。窒息しそうなほど酸素が薄く感じる。いや、ない。その代わり唇が温かい。目を開ける。視界には白い白い。
瞼と、濡れ羽色の睫毛。
ちう、と音が唇の上で鳴った。いや、唇と唇の間で鳴った。鳴ったのは、その唇がくっついていたから。別にそれはおかしなことじゃない。
おかしいのは、
「謝るのは本人にいいな」
もう一度唇同士の間で音を鳴らせる、要因の全て、だ。
「息子を傷物にした責任は、今から残りの余生全てと、体で僕に払って貰う」
沢田綱吉の、余生はいかに。
見逃してあげた初恋だったのだけれども話。