こらぼでほすと 襲撃7
「ええ、自衛手段だけは整えておきませんと。何もせずに滅ぼされるほど、私くしども優しくはありません。ですが、これは維持費がかかりますので、有体に申し上げると火の車という表現が適切だと思います。」
と、また、ニコッと歌姫が微笑む、と、今度はゴォーンという爆発音のようなものが、遠くから聞こえてくる。さらに、通信室の扉がロックされたらしい。外から紅龍が扉を開こうと暴れている様子が聞こえてくる。
・・・・まさか・・・・
「うちには、ウイルスを作ってオモチャにしている方とは、別に、システムをハッキングするのに長けた方がいらっしゃいますの。ですが、私くしどもでは無用の長物ですわ。ほほほほほ。」
歌姫の配下がやっていると、暗に言っているのは間違いないのだが、この会話では証拠にならない。それはお互い様で、言質を取られるようなことは口にしない。さらに、室内温度は上がっていく。ほとんど、サウナのノリだから、王留美も、だらだらと汗を流している。
「組織への援助は惜しみませんが、あなたに対する援助の理由がありません。お知り合い程度の方の無心に付き合っていたら、私でも潰れてしまいます。」
「あら、そうですか。・・・ですが、こちらも貧窮しておりますので、お聞き届けいただけないと困るのです。このままだと、うちにいらっしゃる方たちが追い剥ぎでもやりかねませんの。・・・ネット上で非合法に資産を移動させるなんてことは犯罪ですし、ウイルスをばら撒くと脅迫して金品を奪うなんてことも、犯罪ですものね? 」
歌姫は、何も明確なことは述べていないのだが、それを王家のシステムにやるぞ、と、脅している。背後から禍々しい妖気が見えるような笑顔だ。確かに、本宅のシステムは現在、復旧中だから、その間に仕掛けられたら防衛は難しい。
「うちに何か置かれまして? ラクス・クライン。」
「いいえ、私くしは、何も置き忘れておりません。」
私くし=ラクス・クライン当人は、何もしていない、という意味だから、歌姫の配下が、何かをシステムに潜ませたとみて間違いない。侵入したウイルスが、単なるデモンストレーションであるなら、置かれたものは、さらに強力なものだと思われた。
「多少の無心でしたら、応じないことはございませんわ。」
密室状態でサウナだ。さすがに、これはマズイと、王留美も折れる。ここは、まずは援助を認めたフリをして話を終わらせて、その潜んでいるウイルスを駆除させてから、断ればいい。
「まあ、ありがとうございます。それでは、こちらから詳細は連絡させていただきますので、ひとまず失礼いたします。」
ニコニコと笑顔で歌姫は、軽く会釈して通信を切った。途端に、紅龍が飛び込んでくる。空調も冷房に切り替わったので、ほっとして王留美が肩の力を抜く。
「紅龍、本宅へ連絡して、サーバーの完全走査をさせてちょうだい。どこかにウイルスが潜んでいてよ? それから、今後、ラクス・クラインからの通信は繋がないで。」
まずは、こちらの安全確保だ。どこからも侵入されたことのない自慢のセキュリティーシステムだったが、新しいシステムに変えなければならない。一度、破られたシステムは、使えないからだ。
だが、ウイルスは検出されなかった。それどころか、ごっそりと寄付という名目で資産が、あっちこっちの財団やペーパーカンパニーに動かされていた。さらに、毎月何かの名目で、それは継続して執行されるようになっている。拒否しようとしても固定されていて勝手に振り込まれてしまうようになっているし無理に振込みを止めようとすると、バグが発生して、その操作を無効にしてくれるという念の入れようだ。
・・・・あの歌姫・・・・
王財閥の支出ということなら、些細な額ではあるのだが、きっちりと組織に援助していた額だというのがムカつくところだ。システムの全てを新しくするには、時間がかかる。それまでは、歌姫側から証拠も残さず、勝手に援助ということで強奪されていく。
・・・つまり、噂は真実だったということね・・・
「仕返しは三万倍返し」 という噂を立証したようなものだ。さらに、報復したら、次はどうなるか、さすがの王留美にも想像がつかない。おそらく寄付した資産も、わからないように歌姫の許へ流れる仕組みになっているのだろう。犯罪として立証できないでは告訴も何もあったものではない。渋々ながら、王留美も報復は諦めた。今は、歌姫と揉めている場合ではない。それ以上にやらなければならないことがある。どうしても、目障りになってきたら、その時は、確実に仕留めればいいだけだと考え直した。
「助かりました。遠いところからで、ごめんなさい。」
「いいえ、こういうのは、あたしの得意分野ですから。また、何かありましたら、いつでもどうぞ。」
歌姫が通信ごしに礼を告げると、相手も笑って返した。キラほどではないが、歌姫個人も優秀なスタッフは、幾人も抱えている。そのうち、顔を合わせて驚かせてあげようと思っているが、今は、まだ、その時ではないので沈黙している。どうも、王留美は危険だ。カガリは、「気に食わない女だ。」 と、直感で判じたし、自分も思うところがある。だから、なるべく、こちらとの繋がりは切っておきたいと思っていた。これだけ派手にイヤガラセをすれば、王留美も、こちらと接触しないだろう。そうなれば、こちらの動きは知られなくて済むから、今後の組織に関する救助も楽になる。
・・・全てが、自分の思惑で動くことはないのですけどね・・・・
帝王学のセオリー通りの動きをしている王留美は、マイスターなど部品と同様だと思っている。死んだら、新しいマイスターになるだけだ、と、考えているのだ。そんなものではない、と、歌姫は反論したい。彼らである理由があるから、この時代に、マイスターとして存在するのだ。それを簡単に消してもらっては困る。
組織は、延々と続く。その一時期にマイスターであることは、何がしかの理由があると思うのだ。ロックオンが戦線離脱したことで、刹那は強くなったし、ティエリアは人間らしい感情を身につけた。そういう理由だから、誰かの思惑などで歪ませてしまったら、組織の存続すら危うくなる。
キラは刹那を守りたいという理由で、こんなことを始めた。ラクスは、絶対的抑止力としての組織を存在させ続けたい、と、思った。
世界をひとつにするのは容易なことではないが、絶対的抑止力が存在すれば、目に見える戦いというものは激減するだろう。
それがラクスの願いでもある。争いは消えることはないが、減らすことは可能なのだ。キラを悲しい瞳で寂しそうに笑わせたくない。Sフリーダムで遊んでいるぐらいはいいが、本気の種割れなんてさせたくないのだ。だから、自分が出来ることをやる。平和の使者としてのプロパガンダな自分の存在を有効に利用することに戸惑いはない。
うーん、と、ひとつ伸びをして、ラクスも通信室から出る。会議は延期になったし、かなり報道もされたから、これから少し休みを貰うことにしようと、思い立った。
「精神的ショックで、しばらく寝込むという方向でお願いいたしますわ。・・・そうそう、ピンクの子猫ちゃんを愛でなければ。」
作品名:こらぼでほすと 襲撃7 作家名:篠義