桜渡り
元親は押し黙った。まだ完全に納得できた訳ではない。ただ、独りで抱えていた時ほどの感情の混沌は感じない。自分の意識が、ゆっくりと確実に、揺るぎない方向へ落ち着いてゆくのを感じていた。
また、助けられた。このひとが現れなければ、自分はまだ戦場に立っていてすら迷っていたかもしれない。
元親は、憑き物が落ちたような気分で、ふ、と笑った。
「アンタもそうだったのか?」
「我はそんなものとうに乗り越えておるわ」
男はまたつんと顔を逸らした。軽口を叩く余裕を取り戻した元親と同様に、男にもまた人間らしい表情が戻ってきた。
「なァ、今度はいつ会える?前も訊いたがアンタ誰なんだ」
元親が勢い込んで訊くと、男は横を向いたまま視線を下に落とした。まるで、元親の顔を見ないようにしているかのように。
「もう会うことも無かろうよ」
「何でだよ?」
「貴様は、もう迷うことは無いからだ」
男が余りにも断定的に言うものだから、元親はつい反論を呑み込んでしまった。顔を伏せる男をじっと見る。
気のせいだろうか。男が何かを堪えているように、辛そうに見えるのは。そしてそれには少なからず自分が関わっているように思えるのは。
願望だろうか。男もまた自分に会いたいと思っているのに、それを自制しているように見えるのは。
元親は努めて明るく言った。
「まァいい。今度は俺がアンタを必ず見つけてみせるからよ。俺ァ海賊だからな。欲しいお宝は絶対に手に入れるぜ?」
男は一層顔を俯けた。まるで表情を見せないようにしているように見えて、元親が思わず手を伸ばすと、触れるより一瞬早く男は身を翻した。ふわりと宙を歩くような足取りで、満開の桜の裏に回る。
「フン、できるものならな」
元親に背を向けたままそれだけ言い残して、男はまた忽然と姿を消した。こうして男が姿を消すのは二度目で、予想もしていたので驚きはしなかったが、引き止めることができなかったことが悔しくて、元親は伸ばした手をぐっと握りしめた。
「待ってろよ」
次は逃がしたりしない。必ず捕えてみせる。その決意を込めて。
そして、以前も今も、言えなかった言葉がある。元親は、必ずそれを直接あのひとに伝えることを心に決めた。