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『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作

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 そう告げるのが今の俺には精一杯だった。
 どりせんから解放され教室に戻ると、良子が忌野と会話していた。というより忌野が何か教授しているという感じだ。
 最近、忌野は良子の改造計画にご執心だ。元よりメイクの類が好きらしく、素材としての良子の性能に惹かれるものがあったのだろう。良子と大島の確執は未だに溝を残しているようだが、基本的に一軍の人間は対人フットワークが軽いようで、高橋辺りも最近は俺と絡むことが少し増えた。
 休み時間が終わる頃、良子が席に戻ってきた。
「一郎。お勤めお疲れさま」
「ん、ああ。何話してたんだ」
「うん。実は、修行を」
「何の」
「女子力」
「ホェフィッ」
 リアル空気吹いた。ジェット機なら推進力になるレベルで。まさか良子の口から女子力という言葉が出るとは、想像すらしなかった。
「まぁ、頑張ればいいんじゃないか」
「ついては、一郎に支援を乞う」
「どういう支援だ?」
「ダーリンとして、リサーチャーの呼称をハニーに」
 え、なんでマジ顔でこんなこと言えるのコイツ。
「もっと穏便なものをお願い出来るか」
『前向きに検討する』
 声帯模写をする。相変わらずの犯罪級テク。
「勝手に声帯模写して了承するなよ!」
「怒りっぽいぞ、ダーリン」
「ダーリンじゃねぇ!」
 ほんの一瞬、良子は少しいたずらっぽい笑顔をした気がする。それだけで頬が緩みかける。甘い人間になってしまったと自分でも思う。
「がんばれー、ダーリンハニー」
 忌野が遠くから告げる。あいつが仕込んだのか、いい仕事だよクソったれ。
「ダーリン……ダーリンかぁ〜、いいなぁ〜」
 斜め前で子鳩さんが憧れるような表情。
「ねぇ、一郎くん!」
 子鳩さん、起立。
「却下します」
「ざんねんだ〜」
 本気で頬が緩んでしまっても困る。
「色魔が」
 遠く、呟く織田の声が聞こえた。
 さて終礼。良子は手洗いに向かった。
 俺もすぐに教室を抜け出る……つもりだったのだが、クラスの女子に引き止められた。
「光牙くんにひとつお願いがあるの」
 人にものを頼むならまず本名で呼びなさいと。
「何?」
 普段なら、呼称が変な奴らに対しまともに請け合わなかっただろう。
 ただ、どりせんの依頼もある。加えてこの女子、小松さんは元々妄想戦士側の層にいなかった人間だ。一件以来、妄想戦士側に立ってはいるが、彼女辺りはクラス内での立場が浮動的な存在だ。どっちつかずで多数派に乗っかるふわふわライド的な人物。
 それが憎いというわけじゃない。本来なら、自分がそういう存在でありたかった。
「実はね、良子ちゃんと仲良くなりたいの」
 ああ、この展開か。
「そう、一応伝えておくよ。じゃあね、小松さん」
 そう告げて立ち去る。
「うん。よろしくね、佐藤くん」
 ポロリとこぼれる本名に、安堵と不安が相半ば。
 近頃、俺にこの手の話を持ってくる生徒が増えた。これはあまり良い空気じゃない。
 最近の良子は一軍組にも接しているし、元々、妄想戦士側にも畏敬されている存在だ。ならば、良子と結びつくことはこのクラス内での地位獲得につながるだろう、そう思う人間が増えたということだ。けれど、良子と直接話すことに抵抗ある人間もまだ多いらしく、スポークスマンとして俺を介すわけだ。気分としては複雑に尽きる。
 このクラスの『普通』という基準、その変容を感じさせる象徴的傾向。
 小松さんはそもそも、社交性に問題のある人物じゃない。それが何の因果か妄想戦士側に立っている。本来なら、彼女みたいな社交性をもってクラスの『普通』が生まれるべきで、浮動的な層が閉鎖された系に自ら身を置いてしまうと、全体の閉鎖的印象は強くなってしまうばかりなのだ。
 考え事をしながら歩いていると、横合いから小さな笑い声が聞こえた。他クラスの人間だ。
 まぁ、神殿の一件で俺を知った人間だろう。意には介さず。現状に胸を張れるならば、過去を知られた後に懊悩しても意味がない。
「お待たせた」
 下駄箱前で所在なさ気な良子に声をかける。女子トイレの前で待つわけにも行かず、下駄箱集合。経緯はアレだが、なんとなく恋人っぽい。
「遅い。五分四十二秒の待機」
 不機嫌そうな顔だが、俺が来る前の不安な表情に比べれば随分生き生きしている。謙遜せず言えば、これが多分今の俺の価値だ。
「はいはい。ごめんごめん」
 適当に謝罪を告げる。
「リサーチャーの被った損害の補填を」
 差し出される手。俺はプリンセスお姫様調で手を取る。
「お安い」
「一郎から安い女に見られた……」
「そう言えば、またお前に友達希望が来てたぞ」
「別にいい、一郎がいればいい」
「あ、そう」
 しっかりと握る。畏敬され多数のクラスメイトから友人希望される、そんな良子でも純粋に俺を頼る一面を持つ。それはやはり嬉しい。
 さて、良子と適当に街をぶらついた後に帰宅。そろそろ良子の一人称は矯正すべきだろうと思った。

 この数日のうちに、佐藤リョウコ育成計画は地味な進行を見せていた。
 まず箸が持てるようになりました。それから、無駄に間合いを詰める癖を矯正。加えて、猫背を直し、今では立派な――
「リサーチャーは立派か。一郎」
 立派なリサーチャーのままでした。
「直立歩行人類としてのスタート地点にようやく立った感じ」
 こんなんで良子は来る人生氷河期をサヴァイヴ出来るのか心配である。
 ともあれ、こいつに対して話しかける人間も増えており、最近は光学隠蔽設定も解除したようで、ぼちぼち他者との会話も成立しつつある。
 自分の席に座り良子の様子を眺めていると目に入る「消しゴムが落ちたよ、佐藤さん」「謝」「寝ぐせ立ってるよ〜、良子ちゃん」「謝」
 なんか、子供が世話されてるような光景だなおい。
 俺以外の相手にもニ字以上しゃべって欲しいものだけど、謝意を表現出来るだけ進歩……なのか。なまじ良子にとっては肯と否があれば交流に問題なく、「謝」ならそのどちらにも使えるのが困りものだ。
「シャイなだけに、ってわけだね。メンズ」
 後方からどりせんが登場。
「どりせんの席、ねーから」
 排除した。
「……放課後、生徒指導室に来てちょんまげ……」
 去り際、どりせんから耳打ちされる。早くも俺の午後はドスブラック色に染まったようだ。
 さて、放課後。
 良子には同行出来ない旨を伝えている。恐らく一人で帰るだろう。HRを終えたばかりのどりせんは、生徒指導室に来るまで時間がかかりそうだ。
 俺はぼうっとクラスの様子を見渡す。視界の端で妄想戦士たちがイタタな脳内設定を開陳している。少しの違和感。違和は妄想戦士「たち」という部分に向けられる。彼らは相手がいる前提で互いに見せびらかす如く発していた。ある意味でファッションっぽい姿勢。
 特に話す相手のいない妄想戦士たちは居心地悪そうに帰っていった。
 俺は目を逸らし立ち上がり、生徒指導室ヘと向かった。
 生徒指導室の扉を開くとそこには。
「げぇ、ちょんまげ!」
「失敬な。<織田流第六天魔剣>で斬り伏せるぞ、魔竜院」
 ちょんまげこと織田がパイプ椅子に座していた。その後ろに立つどりせん。
「ちょんまげ、ってそういうことだったんすかね!」