『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作
「神殿の一件の時の……」
誰かが撮影していたことは知っていた。こういう事になるという不安はゼロでは無かったが、実際に見せつけられると心臓に重く来るものがある。ああ胃液か、クソッタレ。ちょっと非日常的経験したところで、何一つ成長出来てないじゃんか。
「大島は、なんで俺にこれを見せたわけ」
筋肉だかなんだか分からないものを全力で使い、喉の奥を開く。かすれた声。
「佐藤はさ、うちのクラスがバカにされてんの、知ってるかよ?」
ちょっと鋭い目付きで俺に問う。
「ああ、一応、な」
胸の動悸は止まっていない。増している。
「だからさ、おめーにもその責任はあるんじゃねーのって話。クラスじゃ普通装って元同類みたいな奴らハブってっけどさ、他クラスでのおめーの認識はこれなんだよ。分かる?」
何も言い返せない。
「この動画だってまだ大した話題になってねーけどさ、今のクラスの状態でそれ知られてみ、クラスそのものが下位カースト認定だっての」
「別におめーに何かしてもらおうってつもりはねーけど、関係ない顔してんのは気にくわない。そんだけ」
そう言って、大島はケータイをポケットに戻す。
「一応、管理者に書き込み消す申請だけした。プライバシーに関わってるって。今のクラスの雰囲気はイヤでも、そんくらい自分でなんとかする」
「ああ……えっと、ありがとう」
「あー、礼とかいらねーから。一応、前に脅しまがいのことやったお返し。おめーは礼以外でやることあんだろーよ。多分」
大島はすれ違い際に小声でそう告げ去った。オーラがある奴の行動はいちいち様になる。
途中、『本当にお前らは関わってなかったのか』と問おうと思った自分が嫌になった。自己嫌悪すべき部分ばかりがえぐり出され、もしかしたら以前コスプレ画像を見せられた時よりもキツい気持ちだったかも知れない。
予鈴が響く。現実の進むスピードはいつだって容赦が無い。
『魔竜院動画』の一件は、可及的速やかに処理する必要がある。
魔竜院は孤独だった。粛々と降る雨はやがて黒衣を浄化すがる如き純白の雪に変わり、少量ずつ彼の体温を奪う。頽《くずお》れればいい、斃《たお》れればいい、神の操る運命とやらに跪《ひざまず》き、祝福された死とやらを迎えればいい。世界に唯一人の味方もなく彼の信念に正義はなく、故に見える者見えざる者、在りと在らゆる敵性を現実界に見出しながら、ただ復讐のみに生きる必要などもはや無い。愛しい妹は敵の手に堕ち、さりとて救い出す術もなく、無力。
もう数日、魔竜院は食事を摂っていない。何も喉を通らず何も腹に入らず、ただ彼は胆を嘗め無力を噛み締め、腹をくちくするのみ。頬は痩《こ》け瞼下は落ち窪み、それでも瞳のうちに燃ゆる炎が見いだせるのは、生への渇望か、今やどのような人事を尽くしても救い出すことの叶わない過去への悔恨か。
彼は愛するエリナ姫を想った。鏡面界にて、我が故郷――今は亡国である地――の美姫である。魔竜院光牙は<二十四将騎>が最強の右竜爪<ライト・ファング>である。本来ならば色恋を許されぬ身分。しかし、亡国に在りて尚、魔竜院を熱く見つめるエリナ姫の瞳はやがて、魔竜院の理性で固めた檻を砕いた。二人は――恋に落ちたのだ。
やがて、二人は人目を憚りながら、亡国の故郷にて逢瀬を繰り返すようになった。地元の民は彼らの姿を目撃しなかった訳ではない。民にはアスタロイへの報告が義務付けられていた。それでも彼らは祝福されていた。完全無欠の恋人だと、小さく讃えるものもあったと聞く。だが、幸せな日々は長く続かなかった……。
鏡面界全ての統一を目論む<聖竜神アスタロイ>の計略により、当時、その名声やアスタロイに届く程であった魔竜院にも、その討伐隊が遣わされたのだ。
エリナ姫は鏡面界随一の占術で魔竜院の生き残る道を模索した。そして、それが<現実界>――今、彼の立つ冷たい世界だ。流転する運命。エリナ姫とは引き裂かれ、命を賭して彼を現実界に転生させた彼女の運命も今や沓として知れぬ。
「魔竜院――」
その名を知るものが在ってはならない世界だった。だが、魔竜院を呼ぶ声が耳に届いた。それも、敵性の。
「……」
魔竜院は沈黙を貫く。静寂は刃の如く研ぎ澄まされ、透徹。降る雪を思わせる零度の緊張感が場を包む。やがて、声の主は間合いを取りながら魔竜院の前へと姿を現した。
「逢うのは互いに初めてだろう、魔竜院光牙。だが俺は誰よりもお前を知り、誰よりもお前を嫌っている。聖竜神に遣わされた剣士という紹介は不要だろう、我らは剣でしか語れまい。知っているさ、魔竜院光牙。いや、こう呼ぶべきか――俺自身《マイセルフ》」
「――――!」
魔竜院は絶句した。姿を現したその影は、装いこそ対照的な白であれど、二十四将騎最強の剣士――魔竜院光牙、そのものだったのだから。
「斬竜剣を取れ。お前は俺と立ち向かう義務がある」
寸刻、白衣の魔竜院はその眼力に波動を放つほどの殺意を込めた。対し、無駄な挙動の一切を挟まず、身構える黒衣の魔竜院。その手は斬竜刀<独眼竜正宗>の柄にかけられた。
敵が己自身であるならば、その決着も一瞬。魔竜院は全ての動揺を殺し、全ての集中をその修練し尽くした孤高の剣技に傾ける。
魔剣"七式"――その真髄は居合にある。乱してならぬものは心、呼吸、姿勢、その全て。そして肌に触れる空気から場<スフィア>を読み取らなければならない。雑念は一切不要、情動も――。
空気の流れが僅かに変わった。毛先のみが感じ取る程度の差異。
白衣の魔竜院は一瞬にして腰を落とし、"七式"の構えを取る。一方の魔竜院は七式の体勢に移らない。泰然。賢者のように、一切の澱を挟むことなく構える。
「死を覚悟したか――それもよかろう」
白衣は瞬く疾《はや》さで一閃の雷光《ライトニング》を振るった――――!
その瞬間、あらゆる者の瞳に映るか否かの速さで、黒衣がその姿を揺らがせた。
「――――秘剣"零式"」
呟く。
声は届いた。だが光速を超越した魔竜の剣は、可視《ヴィジブル》を許さない。黒衣の魔竜院、彼の姿の一切は見えなかったが、その場に人間がいたならば、白衣を上下真二つに分断する爆発的なまでの光量を目撃しただろう。
白衣は斃れる。
「……零式、か。なぜ放てた」
秘剣"零式"は魔竜院一族至高の剣技にして、一族の創始者を除く誰一人、使用することの出来なかった<選別と裁きの剣>、たった今彼が放つまで伝説の存在とすらされた秘技である。
「俺は決めた。全ての過去を受け入れ、未来を望むことを。どのような手を尽くしてでも、魔に屈さず、救うべき者を救う。それをお前と対面し、死と生の狭間に立って気づいたのだ」
「そうか、だからこそ救う者を斬らず救えぬ者を斬る選別と裁きの剣は、お前に力を託したのか」
「もはや、アスタロイへの復讐の剣など、俺には必要無い。ただ、愛しきエリナ姫、そして我が妹、流浪の身となった故郷の民、その全てを救う為に、剣を振るうことを受け入れた」
「なるほど。それがお前の辿り着いた境地か……」
魔竜院の身体を<魔炎の誓い>の炎が包む。鏡面界の魔術的誓約は、出自の知れぬもう一人の魔竜院光牙をも縛り付けた。
作品名:『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作 作家名:白日朝日