『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作
放課後、俺は奔走していた。『魔竜院動画』の件について知る人物を探すため。
とは言え、質問する相手は選ばなければならない。噂を無駄に広めてしまっては逆効果だ。
最初に選んだのは、以前竜端子の件で聞き込みをした下級生女子だった。正直なところ、今はそれ以外の選択肢がサーチ出来なかった。情けない話。
教えてもらった彼女のアドレスにメールを打つ。
『最近、この学校の裏サイトで何か面白い情報あった?』
この内容だけなら、以前と同じ竜端子の話と思うかも知れない。だが、それでいい。要は、よくサイトを見てる彼女がその情報に触れているか分かれば充分。
ちなみに、俺のメンは割れているので、返事がないとすれば動画を見て俺に失望した可能性もありうるわけだ。実にネガティブ街道まっしぐらの逆異端審問。
直接の調査は、まずクラスメイトでも比較的他者との交流が少ない人間から。外堀から攻めるように、裏サイトそのものの存在から訊く、しかし空振り。
他クラスの生徒でも、取り分けぼっちな空気を持つ生徒へ聞き込みをし、3アウト程度に空振りを重ねたところで、取りあえず、今日の調査を諦める。
下級生の女子から、返事のメールはない。
一人での帰路では憔悴に任せ、俺の思考ソロライブが始まる。
世の中は複雑だった。
自身の歴史も上手く飲み込めないというのに、時に他者の過去まで受容しなければならない。身体が幾つかあれば、という願い事がある。けれど俺にはその身体を背負う自信がない。身体が二つになろうとも、負担は軽くなるわけでなく、むしろ何らかのキャパシティオーバーを迎えるかも知れない。
心が肥大して行き着く先も、身体で得たものが肥大して行き着く先も、頭の中じゃ似たような処理をされて、経験か重荷か歴史に振り分けられてしまう。過去でもいい、未来でもいい、妄想でもいい、実体でもいい、けれどその果てに救いを求めることは、袋小路なのだ。
「佐藤一郎です。佐藤一郎です」
普通を望むというのは、果てを諦めることだ。
それでも、果ての風景を思い描くこと――俺はそれを悪いことだとは思えない。
夕刻の空は、どこか果てとその手前にある狭間の揺らぎを思わせて。
そんな益体もない思考に身を浸すうち、学校の果てに行き着いた。一歩進めばその外部。
「一郎?」
目の前に美しいもの。良子だった。
「待ってたのか?」
「問題ない、サスペンドモードだった」
少し寝ぼけ眼。校門の塀に寄りかかってたのか、制服の背中にブロック状の跡がついている。手で払う。
「天下の往来でサスペンド禁止」
良子という存在は色々不安定だ。心配だ、と言い換えてもいいかも知れない。
「サスペンスは?」
良子は見えない杖のようなものを振る。フェルラか。
「厳禁だ」
「現金があればいろいろ解決可能」
「資本主義の万能性!」
いや、実際はそこまで解決出来るか不明だけど。
「ねぇ、あの……いち、いちろう……」
そんな会話をしながら帰るうち、良子が恥らいモードに入ろうとしていた。普段のギャップのせいか、こっちまで緊張してしまう。
「な、なんだよ」
どもった。
「な、ナワトル語でXo'colatlと呼ばれる食物がある――」
「俺界隈じゃ有名な部族の言葉だぜ、みたいに言われても!」
「こ、これは磨砕、精錬、結晶化の過程を経ることで」
「ごめん、結論からお願いしていいか」
嘆願すると、良子は商店街の一角にある洋菓子店を指さした。
「別名、チョコレート」
指先をきちんと追えば、「バレンタインフェア開催」の幟が、店頭に出されている。
「人間の雄はこれを欲するときいた。一郎は?」
「あながちその欲求を否定しないのもやぶさかではない」
うわぁ、素直じゃねえな俺。
「了解した。これからリサーチャーは、Xo'colatl製作の任に就く……っ」
妙に力を込めるようなポーズ
「あ、ああ。ところで良子は、何か食物を作った経験あるのか?」
「マルチパーパスデバイス<フェルラ>の支援機能を使えば、容易い――」
良子は架空の杖を振る。俺はその杖を奪い時空の彼方に投擲する。
「返却を、返却を、返却を」
「フェルラ禁止」
ぴしゃりと斬り捨てる。
佐藤リョウコ育成計画にはまだまだ課題となる案件が山積みのようだった。
冬の寒さが少し和らいだ頃、教室内では目に見える程度の変化が起きていた。
その中心にいたのは子鳩さん。クラスが誇る癒し系の彼女は、控えめに言うと学校指定制服より幾らかの逸脱をした服装で学校に来ていた。
「普通の人間に興味はありません!」
セーラー服だった。美少女だった。戦士では無かった。男前なフォントで『団長』と描かれた赤い腕章が実に毒々しい。
そもそも、この学校の指定する制服はセーラー服じゃない。
今、子鳩さんは世界を大いに盛り上げようとしていた―――。
一部の人間が沸き立った。浮動寄りの妄想戦士層だ。
子鳩さんは笑顔で俺と良子に接近する。喉はもうカラカラだ。
「ねぇ、良子ちゃん、一郎くんっ、どうかな〜」
「フトゥニニァッテルトオモゥョ」
ケツァルコアトル級のイントネーションでセカイ語を喋る。俺の喉で働く声職人は心労に弱い。
「えへへ〜」
子鳩さんが変わりゆくのを俺は止められない。出来るわけがないんだ。彼女がいつも自由にで俺と接したからこそ、多くの癒しタイムを過ごせたのだから。
あっという間に妄想戦士に囲まれた子鳩さん。彼女はその時、完全にクラスの中心にいた。
大島が一人頭を抱える。その時、俺は珍しく女王蜂と気持ちをひとつにしていた。
「SOS……」
控えめな叫びは神の御許へ届いたか、否か。
授業中、子鳩さんにお咎めは無かった。恐らく、どりせんが裏から手を回したのだろう。先生としては尊敬出来ない割に、人間としてはいい仕事をする。
昼休みになると、俺はいよいよ教室の空気に耐えられなくなった。
メタモルフォーゼした子鳩さんが妄想戦士の一部にちやほやされている。そのメンバーも俺に付き纏っていた妄想戦士達とは違う、言わば浮動層。自分達サイドに現れた元一軍を取り込もうと必死に見える。
耳に飛び込む彼らの言葉は、一軍の高橋や大島に対する陰口の気配を帯びていた。
悪いとは言わない。けれど、俺にはもう正視出来ない。
良子の手を引くように外へ向かう。どこでもいい、安息の地が欲しい。
「子鳩志奈子、良い魔眼保持者であるように見えるが、一郎」
耳をふさいだ。本当に俺は、このクラスで普通を求めるべきなのだろうか。その疑問ばかりが頭をよぎった。
「だからと言ってな――」
昼食場所として選んだ裏庭はもっと惨憺たる状況になっていた。
安藤たつお、鈴木おさむ、白ランの木下、織田に、樋野と妄想戦士大集合の、もはや異世界博覧会の様相。
「世界の果てを望んだわけじゃねーんですよ……」
独りごちりながら、パンにかじりつく。人が多いせいか、良子は静かに隣でパンをモフっている。
「気にするな、飛霊。<多元異世界ゼウスヘイム>が俺を呼んだまで」「そうだぞ、これこそが<世界機関>の導き」「地底国家<アンダークエイク>の――」
「せめて、設定を統一して話せ!」
作品名:『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作 作家名:白日朝日