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鉄の棺 石の骸8

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 2.

「んん……」
 辺りはまだ暗い。まだ、夜が明けていないのか。
 今まで深く眠ってしまっていたのか、遊星の眠気は未だに去ってくれない。
「今日は……ジャックたちと、食事会だったな……」
 食事会は夕方五時から。それまでに自分の請け負った仕事を終わらせなければ参加できない。シグナー全員が一同に会するのは、前の決闘大会以来数か月ぶりのことだ。食事にはあまり興味がないが、仲間と会う機会を無駄にする訳にはいかない。これを逃せば次に会えるのは一体いつのことになるか分からないのだ。シグナーたちはそれぞれ、決闘大会や自分の仕事があって多忙なので、全員の予定が合うことはほとんどない。
 適当に朝食を取って、次はセキュリティに出向いて用事をこなして……今日の予定がつらつらと頭に浮かんだ。
 とりあえず、起きなければ何も始まらない。遊星は眠い目を擦り、身体を起こそうとした。
「……?」
 眠っていたのは、いつものベッドとは似ても似つかない硬い手術台。その台の上に、遊星は一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
「な、何だ、これは……!?」
 こういう台には、あまりいい思い出はない。遊星は慌てて、今まで自分の部屋だと思っていたこの場を見渡してみた。
 部屋の中は、手術台を始めとしてコンピュータや研究資材が、所狭しと並んでいる。ここは何かの研究施設なのか。
 だが、本当にここはどこなのか、さっぱり分からない。寝ている間にさらわれでもしたのか。
 遊星は、段々混乱してきた。とにかく、この場から早く逃げなければ。
 急いで台から下りようとしたその時、壁にかけられた鏡が、遊星の顔を鈍い光と共に映し出すのが見えた。
「―――!」
 何だこれは。
 今まで気づかなかったが、顔半分に得体の知れない金属が張り付いている。
 右目の視界には影響はなかったが、その金属はいくら引き剥がそうとしても剥がれてくれない。
「――っ。――っ!」
 訳が分からない。
 自分の身体は一体どうなってしまったのか。昨日は確かに自分の部屋で寝ていたはずだ。日付をまたいで結構な時間が過ぎていたが、それでもきちんとベッドに入って寝たはずなのだ。

――誰か、俺を助けてくれ! 
――ジャック! クロウ! アキ! 龍亞! 龍可! 誰でもいいから、早く!

「う、うわ、うわあ……」
 パニックに陥った遊星は、今にも狂って叫び出しそうになっていた。すると。

〈――落ち着いてください〉

 どこかで、誰かの声がした。
「……! お、お前は、誰だ! どこにいるんだ!」
〈ここにいます〉
 声は、すぐ近くから聞こえた。しかし、声の主らしきものは部屋の中には見当たらない。
「どこだ!」
〈私は、あなたの傍にいます〉
「!」
 台の傍に、一人の男が立っているのが分かった。髪を肩まで伸ばしたその男は、遊星と同じような姿だった。ただ一つ彼が遊星と違っていたのは、
「……お前は、何者、なんだ……!?」
 ぼんやり光る彼の身体が、実体がなく透けた身体であるところだろうか。彼の身体には、ところどころノイズが走っている。
 半透明の男は、体重がないその身体をふわりと浮かせて、遊星の座る手術台に飛び乗った。
「人間じゃ、ないのか……?」
 得体の知れない彼から離れようと、思わず遊星は後ずさろうとした。それより早く、男が両手を遊星の頬に触れさせてくる。二人の目と目がかちりと合った。
 遊星は、全ての抵抗を止めた。
 初対面のはずなのに、男からとても懐かしい気配がする。ここから早く逃げ出したいはずなのに、彼に触れられていると心が落ち着くような。
 いっそ彼全部をこの身に受け入れてしまえば、今抱えている不安が全部消えてなくなってしまいそうな……。
〈落ち着きましたか?〉
「……っ、ああ……」
〈なら、よかった〉
 男はにこりと笑って、傍のコンピュータを指差した。
〈これを使ってあなたに説明しましょう〉

作品名:鉄の棺 石の骸8 作家名:うるら