雪解け
「まだ雪が解けぬ。まだ春は来ぬ。まだ・・・逢えぬ」
自室の障子を開け、雪化粧した庭を眺めては目を伏せる幸村に、黒い影が差し掛かった。
「よぉ、久しぶりだな。真田幸村。オレに逢えないのがそんなに辛かったか?Ha!可愛いこと言ってくれるじゃねーか」
男が彼の肩を抱き、空いている手で顔を挙げさせた。男の顔を見るやいなや、幸村は喜びをあらわにした。しかしそれもつかの間。顔を背け、目を伏せた。
「佐助。慰めはやめよと申したでござろう。政宗殿はここ上田と同等、あるいはそれ以上に雪に包まれた奥州におるのだぞ。期待させるでない」
言い終えると、離せとは言わないものの佐助と呼んだ男の体を片手で押し返した。それに対し男は幸村の肩を抱く力を強めた。幸村が顔をしかめて男に振り返ると、男は苛立った様子で口を開いた。
「オレのどこがアイツなんだ。Ah?」
男が庭先に目をやり、幸村も追うように庭先を見た。
「なんと!佐助があちらにも!!・・・・・・イタッ!!!!何をするか、佐助!!」
大声を発した幸村の頭上に拳が勢いよくぶつけられた。拳の主は先ほどから幸村の肩を抱いている男だった。
「アンタが逢いたいって言うから来てやったのに、忍呼ばわりか?Ah!?」
「確かに政宗殿に逢いたいと申したのは俺だ!だが変わり身の術で気を紛らわすのはもう嫌でござる!離せ、佐助!!お主と政宗殿は違うのだ!!」
男を突き飛ばし、走り去る。しかしそれはかなわなかった。幸村の手を男が掴み、離さなかった。何度も振りほどこうと試みたが、ビクともしなかった。むしろ力が込められていき、骨のきしむ音まで聞こえた。
「だから違うって言ってるだろう!見ろ、オレを!!」
「嫌だ!離せ!主は佐助だ!!政宗殿ではない!!」
男とは顔をあわせようともず首を振り、嫌だ離せと繰り返す。次第にその声は小さくなっていき、幸村は崩れるように膝をついた。その様子に男が一度舌打ちをした。
「あの猿・・・幸村に何しやがった」
庭先に立ち、こちらを見続けている佐助を男が睨み付けた。佐助は一瞬、男を挑発するかのように笑みを浮かべ、地に消えた。幸村はすでに声を出すこともせずただ首を振るばかりだった。男は幸村の手を離し、両手で彼の顔を優しく包み、顔を上げさせ、視線を合わせた。再び視線を逸らした彼の顔には先ほどまで見られなかった滴が伝っていた。男はその滴を吸い取り、滴の通った跡を指でぬぐった。幸村は男の行動にわけがわからないと言った目を向けた。
「アイツに何を言われて、何をされていたんだか知らねーが、オレはオレだ。猿じゃねぇ。伊達政宗だ」
You see?と、幸村に口付けを落とした。唇はすぐに離され、確認するかのように男は幸村の瞳を覗き込んだ。
「政宗殿・・・」
「OK.上等だ」
今度は深く、角度を変えて幸村の唇を奪った。床に置かれていた幸村の手はいつの間にか政宗の首に回り、離そうとはしなかった。幸村の心は庭に白く積もった雪さえも溶かしてしまいそうなほど 温かいものを感じていた。