過去作品を晒してみよう、の巻。
一種の伝言遊戯かと呆れながら、左近はその経歴を辿った。
呉の大虎は呂蒙殿に聞いたと言い、その呂蒙殿は真田幸村が部下、くのいちに聞いたと言う。
その彼女の元を訪れて聞けば、太史慈殿からと言われ、その彼に聞けば蘭丸から聞いたと言う。
一向に終わりの見えそうに無いこの繋がりに終止符を打ったのは、とても意外な人物だった。
丁度事の詳細を蘭丸から聞こうとしていた時である。
「何をしている。」
そこに通り掛かったのは、事もあろうに掌中の人物だった。
「周瑜殿。」
「そこに居られては通行人の邪魔なのだが。もう少し隅でやって頂きたい。」
美周朗の名を頂く彼の容姿は確かに目を惹くものがあり、実に品性の高さが伺えるものだが何しろ彼、周瑜は、その見た目の印象そのままに、ある特定の人物を除いて(言うまでも無く孫策の事である)、冷やかであった。
その上どうにも孫策に気に入られている左近をあまり好意的に思っていないらしい。それで余計にそう思うのかもしれない。
どうも済みません、と避けようとする左近とは反対に、会話の相手であった蘭丸はその場に留まり、周瑜を見てこう言った。
「そうですよ!直接本人に訊いてみたら良いじゃないですか。」
何を言い出すのだ!!本気で左近は焦りを感じた。
「いやいやちょっと待ちなさい。そんな事彼が知っているワケ・・・」
「分りませんよ?案外本人の方が知っているかもしれないじゃないですか。」
今までも意外な方から話を聞いた、と言う事があったのでしょう?、と、無邪気に話し掛ける彼の笑顔が小悪魔に見えた。
「何の話だ?」
「それがですね・・・」
彼、蘭丸は、左近が止めるのも聞かず、当の本人に話を始めてしまった。
左近が胸中で十字を切ったのは言うまでも無い。
呉軍一を誇る美貌を持つ軍師の機嫌を必要以上に損ねない為には如何すれば良いものか、不肖ながら"戦国の諸葛孔明"と渾名された軍師の脳を最高速で活用させて考えたが、聞き終えた周瑜の反応は、眉を顰める程度に抑えられ、特にこれと言った変化は見られなかった。
「あの・・・?」
「全く、下らない噂が流れたものだ。」
深々と溜息を洩らそうがその美しさに一点の曇りも見られない彼は、物憂げに視線を下位に落とした。
「奴の悪事も此処まで来ると寧ろ怒りを通り越して呆れてくるな。・・・否やはり腹立たしい。それにしても余程暇と見えるな。あやつめ、一体どう言う生活を・・・」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「何だ。」
「その口ぶりからすると、ひょっとしなくても心当たりが御有りで・・・」
周瑜は、あからさまに嫌そうな顔をした。
「確実、とは言わないが、確かに心当たりは、ある。と言うより、十中八九あやつだ。確実では無いが、確心はある。」
そう言って1人頷く周瑜。
「そんなに会いたいのであれば、案内してやっても良いが?」
あくまで上位からの目線であるが、然程気になるものでもないし、今更気にする事でも無い。
宜しくお願いします、と、左近は大人しく彼の後をついて行った。
彼は、遠き戦国の地に居た。
「あぁ!懐かしいですねその話。えぇ、そうですよ。確かにその話は僕がしました。」
にこにこと、しかし腹の読めない笑顔を晒しながら、さらりと事態の終末を語ってくれた男、陸孫は、2人を出迎え、のほほんと茶を飲んだ。
それに対する同行者、周瑜の眼は厳しい。それどころか、寧ろ寒い。
「どうにもお前は常日頃から暇をしているらしいな。どうせ此方でも迷惑を掛けているのではないか?」
「周瑜様こそ、実は本人が気付いていないだけで、周囲に迷惑を掛けているような事があるのでは?そろそろ盲目すぎるその性格をどうにかした方がよろしいかと存じますけれど。」
机上にて、鋭い火花が飛び交う。出来得るならば敵前逃亡と行きたい心持の島左近。
「大体その話とて、対象は私であろう?どう考えても話全体に私に対する悪意が現れすぎている。」
「嫌ですね周瑜様。それ被害妄想ですよ。アレじゃないですか?案外御自分でもそう思われているのではないですか?」
論戦は激化していく一方だ。
左近は気付かれぬようこっそり部屋を退室し、茶菓子を持って来てくれた関平に礼を言い、戦国の地を後にした。
「おう、左近おかえり!!何所行ってたんだよ?」
帰国して一番に孫策の元を訪れると、彼は当に鍛練の真っ最中であった。
左近が姿を現すや、その視線と言わず体全体で歓迎してくれる孫策を見て、全く言い得て妙だと、彼の軍師を思い笑った。
「ちょっと戦国まで・・・」
「おっ!戦国か。陸孫や凌統は元気だったか??」
その何所までも家族思いな彼に、左近は微笑ましくなった。
「残念ながら凌統さんには会えなかったもので。でも陸孫さんには会いましたよ。何せ、あの話の根源は陸孫さんだったんですからね。」
ニヤリと笑んで話せば、孫策は驚いたように目を瞠った。
「陸孫、がか?」
「えぇ、彼です。戦国まで足を延ばして、事の真相を聞いてきました。」
それで満足するかと思われた彼だが、肝心の事をちゃんと言えていない事を、左近は気付いていなかった。
「それで!どう言う意味なんだ??」
そうだ、それこそが本題だったのだと、左近は焦った。
陸孫が言うには、
『ほら、周瑜様の孫策様に対する盲目ぶりは周知の事実じゃないですか。きっと、孫策様の御声でしたら、どれだけ離れていようが周瑜様にはしかと聞こえているのだろうな、と。そこで兎の耳に例えて言ったまでの事です。対比して孫策様が犬の耳だと言ったのは、孫策様の愛嬌の良さを言葉にして表現してみただけですよ。』
と言う事らしいのだが、これは要約すれば、である。
そもそも内容的に微妙である事に変わりは無いし、どう言って良いものか悩み所だ。
「なぁなぁ、左近~?」
尾を振って追及してくる子犬の如き眼差しを、どう振り切って事態を収束させるか。
冷汗を掻く戦国軍師、島左近。
その優秀な頭脳に今求められる、目下の問題解決法である。
作品名:過去作品を晒してみよう、の巻。 作家名:Kake-rA