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過去作品を晒してみよう、の巻。

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 2.司馬丕

 
 
 
 
 
「不公平です。」
 
 そう、何もかもが不公平だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Is it equality? No,it is inequality.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 眉間に皺を寄せて振り返った視線の先に居たのは、全身を紫で包んだ、慣れ親しんだ人物だが。
 
「何がだ。」
 
 方や己を睨み付ける人物の眉間の皺も、負けてはいないであろう。
 
「ずるいです卑怯ですあまりにも理不尽。」
 
「理不尽なのはそのような言い草を一方的にされている私だ。はっきり言ったらどうだ。」
 
 不機嫌を増した上からの物言いが、後方に居る彼に突き刺さる。それでも顔色が変わらない辺り、何所ぞで余計な方向へ精神面が鍛えられたからに違いない。
 
「そうですか。では言わせて頂きます。」
 
「聞くだけは聞いてやろう。」
 
 すぅっ、と息を吸い込み、何を言うかと思えば。
 
「どうして貴方の方が大きいんです。不公平です。公平をきす為数寸の丈を私に献上して下さい。」
 
「・・・・・・」
 
 言葉も無い、とはこの事だ。
 
「大体、貴方様の父君である曹操様はあまり背丈が無いと言うのに、どうして貴方はそんなに成長してしまったのです。
アレですか、良く食べて良く寝る子は育つと言うやつですか。」
 
「…落ち着け。どうした、頭に華でも咲いたのか?これからが寒さの本番だと言うのにも関わらず…」
 
「私は本気です。」
 
「そうか。誰か華佗を呼べ。」
 
「恐れながら曹丕様、華佗様は先に御亡くなりです。」
 
「…ふっ、私とした事が…」
 
「御安心下さいませ。いつもとなんら御変りありません。」
 
「誰に言われようとも貴様にだけは言われたくなかった台詞だ。」
 
「やかましいですよ。少しは跡取りとしての御自覚を御持ちになったら如何です。」
 
「何を話を逸らしている。今の問題は貴様だろう。そうだ、医者だ。」
 
「ですから私は平素となんら変わりは無いと申しています。」
 
「ならばそれ自体が問題だな。少し暇をくれてやるから羽を伸ばして来い。なっ?」
 
「そう言って相憐れむような視線を私に向けるのはお止め下さい!しかも見下し!!」
 
「仕方無かろう、貴様の方が低いのだ。」
 
「それですよ!!!」
 
 妙に力の籠った拳が彼の胸の前で握られる。
 
 爪が皮膚に食い込んでいはしないかなどと何故私が心配せねばならぬのだろうか。
 
「どうして貴方はそんなに大きいのです!」
 
 今一度己の背丈を思い返すが、かように大きいとは思えぬのが今の私の見解で。
 
「貴様、私よりも背のある者は沢山居るであろうが。」
 
「そんな事、私の知った事ではありませんね。」
 
「矛盾してないか?」
 
「対象が貴方である事、それが重要なのです。」
 
 悔しそうに唇を噛む己が従者を前にして、しかしやはり彼の心情など察してやる事の出来ぬ己は首を傾げるばかり。
 
 1つ溜息を洩らし、この訳の分らぬ言を吐く彼に付きやってやる事にした。
 
「何があっての言葉かは知らぬが、貴様は軍師。かように背があった所であまり必要とする事は無かろう。そして私は乱世を生きる戦人。体格で歴戦の将に劣るのならば、せめて背丈位は釣り合わねばどうにもなるまい。」
 
 それでも納得の行かない彼を見遣り、本気で眉根を寄せる。眉間の皺が痕となって残った時は、間違いなくコレも要因している筈だ。
 
 これは、本格的に誰かに何やら吹き込まれたのかもしれない。
 
「何があった、仲達。」
 
 問い掛ける己に、逡巡しながらも、少しずつ、言葉が零れた。
 
「あの狐、三成と、アレの従者を、島左近と言いましたか。彼等を見ていて、思った事があります。」
 
 随分と久しく聞かぬ名が出て来たものだ。あの時以来、誰も彼もが腫れ物を扱うかのようにこの名を避けていたからだ。
 
 そこにいらぬ気遣いがあったのは言うまでも無く、それを無意識に享受し安堵している己自身が最も不愉快なのも事実だ。
 
「島左近は、石田三成よりも、大きい。背丈にしても、その存在にしても。
三成が築いてきた人生の一部は、確実にあの男が支えた部分もあるでしょう。」
 
 そう言えば、何時であったか、三成が島について話してくれた事があったとぼんやり思い出した。
 
 自慢の部下だったと、様々な局面にて支えてくれた、大事な仲間だと。
 それはあの義に厚き2人に関しても同じ事が言え、感謝していると。本人達には決して言えない事だけれど。
 
 そう、嬉しそうに語った三成を、眩しいと感じた時さえあった。
 
「そして、曹操様無き魏を建て直した貴方の横には、三成が居た。
貴方達は良く似ていらっしゃる。悔しいですが、三成が貴方を支えた部分も、確かにありますでしょう。」
 
 そうだ。認めたくは無い上に、誰にも言うつもりは無かったのに、それをあっさり見抜かれるとは。
 
 否、此奴だからこそ、だそうか。どちらにせよ、あまり良い気分では無いが、認めなければ進めない。
 
「器の小さい男だと思っておりましたが、それでも貴方の支えには成り得た。
島とて、あの男よりは十分な働きが出来た筈。」
 
 では私は?
 
 そう言った彼の顔は真剣そのものであった。
 
「貴方様よりも背丈が低い上にあやつ等のような器、もとい寛大には成りえない。
未だあの憎き諸葛亮にも勝てず、私は、一体、何の為に貴方の傍に居るのですか?」
 
 そこに、私の居る価値はありますか?
 
 そう、無言で訴えてくる彼に、何も言い返せなかった。
 
「えぇ、分かっています。身丈が貴方よりも屈強になる事など有り得ない。所詮私は軍師の身ですから。それでも、いつでも何処でも1人で、周りに誰も寄せ付けず全てを成してしまおうとする貴方の、盾位にはなりたかった。出来得る事ならば、支えに、なりたかった。身の程知らずだと、御哂いになりますか?」
 
 自嘲気味に吐き捨てる彼に、今度こそ、深々と溜息を洩らした。
 
 己の挙動に激しく動揺する彼を、そろそろ解放してやるべきであろう。
 
「それ等全ての言は、過去の事なのか?」
 
 はっ、と息を呑み己の目を直視する彼の眼を真直ぐに見遣り、継ぐ。
 
「どう足掻いた所で、貴様が島や三成のようになる事など不可能だ。
第一生きてきた過程が違うのだからな。そこに構築される全てが異なって当然だ。
だから、誰かが誰かの代わりになる事など有り得ない。」
 
 それは、果たして彼1人に投げかけている言葉なのか、それとも己に言い聞かせている言葉なのか、自分でも分かり兼ねた。
 
「分かるか?私の言う事が。貴様は島や三成の代わりにはなれない。
そして島や三成も、貴様になる事は出来ない。貴様は貴様なりに、私にとって必要な所がある、と言う事だ。貴様の代わりも、誰にも勤まらぬのだ。」
 
 瞠目し此方を凝視する彼の自慢の頭物を軽く叩いて。
 
「かような下らぬ事で悩んでいる暇があるのなら、早々溜まっている政務を片付けたらどうだ。あまり待たせると煩いのが居るのでな。」