二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

りりりん

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 


 普段はおっとりとしている理一の目元が、慄きで見開かれている。いい気味だ。
「なんで逃げない」
「なにかが、」
 理一の目線のすぐ下で、目に掛かるか掛からないかの長さの前髪の隙間から嘲笑ってみせると理一は微かに眉を顰める。
「なにかが、変わると、思うから」
「ナニソレ」
 自分に言い聞かせるようにゆっくりと言う理一の心の中になど興味はない。二つの頭が思っていることが重なるのは、ただ一点に於いてのみで、あとは全く噛み合わない欲求ばかりだ。
「どうして、侘助は……こうする?」
 母親達が、毎朝ぱりりと糊を利かせてアイロン掛けをしてくれた白い綿のカッターシャツをのボタンを、行為を楽しむというより単に目の前の少年の反応が楽しみだからという理由でぶちぶちと外す。後で、行き過ぎた夕闇の中、この倉庫の埃っぽい床からボタンを探しまわり、拾い上げ、母親にばれない為にも元のようにボタンを縫い付ける羽目になった理一を想像すると馬鹿みたいに愉快な気分になる。
「欲しいものがあるから」
 ああ、そうやって、顔には出さないようにしながら悔しそうに寂しそうにするお前の顔は、本当の本当に欲しかったものではないけれど、そっちもそれなりにイイんだよなあ。
 侘助の知識はうろ覚えの、あやふやさを極めるものであったので、手順も何も知らないままに散々理一を泣かせた。
 よく考えれば非効率この上ない、こんな手段を講じてまでして欲しかったものは、理一の中身。中学生になっても、いつまでもお子様体温を保つ理一の中で今日も巡る温かい血だ。そこには理一だけが持っていて、侘助は絶対に手に入れられないものがある。
 十五の侘助は、まるで魔法にかかったように、血の持つ意味に酔っていた。それは最早妄執に近く、ぐらりぐらりと揺らぎ続ける若い思考の中で、絶対的な位置を占めるものだった。
 本当は、だから身体なんてどうでもよかったのだろうと問われれば、侘助は否定できない。殴るなり切りつけるなりすれば、理一の血はみられた。そしてそもそも、あの人の血を持つ人間など、身の回りに沢山居たのだ。それこそ、自分以外の、一緒に暮らすすべての人間が。
 けれど「身体なんてどうでもいい」と考えるのが頭ならば、それを軽く押しきってしまえるのが躯であり、当人の頭に察知されないまま密やかに選択肢を選び取るのが感情である。
 何回も何回も、理一は侘助の名を呼んだ。侘助は返事をしなかったし、理一も返答を期待していたのでは無かった。ただ、ひとつ印象に残るのは、玉のような汗を額から床板に滑り落としながら、涙で相当酷い顔をしていた理一が放った、
「明日、世界が変わっ、て、なかったら、お前呪うからな……!」
 という言葉。
「知らねえよ、んなもん」
「……っ、う」
 自分だけが変われないまま周りが進んでゆくように感じたのが侘助で、自分だけは進みながら周りが変わらないように感じたのが理一だった。どちらもただ、内側から胸を乱暴に叩く何かの所為で、体と頭を持て余していた、そういう時期だった。
(熱い。)
 発熱する身体を擦り合わせて何を得ようとしているのだろう、俺達は。耳に残る息遣いは聞き慣れたものであった筈なのに、一緒に染み付いた日暮らしの声の所為かなかなか離れなかった。

作品名:りりりん 作家名:矢坂*