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りりりん

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 どうしてみな夏に起こったのだ。侘助は自問する。記憶に残る自分の周りで、風はいつも感情を煽るように熱く、吸い込む息は肺にぬるりとまだるこく溜まり、心臓が高鳴る程に掌に、首の後ろの癖っ毛がかかった項に、べたついた汗の感覚が在った。暗い記憶に染み付く背景音は大抵が蝉の唸る声で、夕刻になると日暮らしの嘆く声に変わった。自分は夏に何かしただろうか。ひとり渋い顔をしてゆく侘助のことをしかし理一は全く気に留めない。過去のしがらみも何もかもそのポーカーフェイスの後ろに器用に仕舞い込んで、椀に盛ってあった枝豆を旨そうに食べる。――やるんじゃなかった、と思った。
 少々猫背でガラスのコップを傾ける侘助をちらと見て、理一はぼそりと呟いた。
「侘助、凄くおっさんっぽくなったよな」
「お前に言われたくねぇし」
 同い年の感想をぴしゃりと切り捨てると、応酬は倍になって返ってきた。
「猫背なところとか、座るとすぐ片手を床につくところとか、独り言が増えたところとか」
「……趣味のワリぃ」
 ひとつひとつが的確な指摘に、侘助はケッと悪態を吐いた。人間が降って沸くはずも無いし、自分の独白を聞かれたかもしれないとは思っていたが、それとこれとは別だ。気恥ずかしさと言うか、決まりの悪さは露呈して面白いものではない。
「独り言じゃない。……ハヤテに話してたんだっての」
 我ながら幼稚な反駁だったが、理一は少し驚いた顔をした後、妙に楽しげに、そうか、と言った。すんなりと受け入れられると、逆にこちらが馬鹿のようではないか。
「それで、続き」
「は?」
 ぶちぶちと心の中で文句を垂れていた侘助の意識を、実に落ち着いた理一の声が掬いあげる。
「ハヤテに言っていた、続きがあるだろう?」
「……」
 互いにとってなんでもないようなことを、なんでもないような調子で聞く、まるで昨日の宿題をやったかどうかを聞くような口調だった。しかし侘助が問われている内容は侘助にとっておいそれと口にできることではない。そしてまた、――侘助は理一の質問を切り捨てることもできなかった。
 理一は知っているのだろうか。
 侘助が、とある括りにカテゴライズした出来事は、その後長い間彼の心に残るということを。柳に風な態度を好む彼が、ごく一部でとても無自覚に義理堅いということを。
 理一はいつも、はじめから侘助に対するイニシアチブを取っている。侘助はとても長い時間をかけてこの結論に辿り着いた。出会ったときからそうだ。しようと思えばいつだって侘助を蔑んで拒絶することができたのにしなかった、抵抗しようと思えば出来た筈なのにしなかった――あの時は理一も理一で十代の魔法にかかって何かしらややこしい気持ちを持て余していたので、おあいこであるのだが――、責められぬように表向きだけで家族の対応をすればいいものを、理一はいつだって侘助を陣内侘助ではなく侘助としてみてきた。奢りではなく恩を売るためでもなく、理一はそういう選択をするように出来ている人間だった。無意識にそんな選択をする相手を前に、どうして進んで邪険に相対することができるだろう。(その分、箍が外れた時の侘助の反動はまた苛烈なものになった。)そうして、理一は物理的な力でもなく、侘助が戯れに好むところの論理を並べるでもなく、侘助より先んじていた。それに気付かされた後では、負けず嫌いでもある侘助に出来ることなど、理一に対し他の人間に向けるそれよりフェアであることくらいだった。いつか勝ち逃げする、と思いながら。
 あー、うー、と意味のない音を発してから、侘助は癖毛の髪をもっとこじらせるように掻き混ぜる。無性に苛々する。単純に相手に転嫁できないからもっと苛々する。ポケットに向けて動きかけた手はデジャヴだと主張して止まった。
「あ」
「うん?」
 思いついた一瞬の気の抜けた顔は忽ち、にやり笑いに変わる。侘助は、ぐい、と理一の方に、てのひらを差し出すように伸ばした。
「寄越せよ」
「何を」
「情報料」
「……侘助は時々面白い事を考えつくね」
「お前の面白いの基準が未だに分かんねえ。……いーから、ほら、煙草。情報の重要性なんてお前の方が嫌ほど知ってんだろ」
 理一は笑って肩を竦めた。やれやれ、という風に差し出された手を流し見ると、胸ポケットから取り出した箱の口が侘助に向くようにして手を伸べ――煙草もろとも侘助の腕を手首で捕え、自分の方へと引っ張った。
「なにすんだっ」
 バランスを崩し、縁側にがつんと勢いよく、もう片方の肘を着いてしまった侘助は(当たり所が最悪で、肘から肩まで電撃が走った)、そんなことはどうでもいいという風にちらりとも目線を寄越さないまましげしげと自分の手のひらを見つめている理一を、這いつくばりながら睨め付けた。ハヤテがびくりと頭を擡げ、二人の方に顔を向け、状況を静観したあとにまた伏せに戻る。
 青白い月明り照らされる中、薄らと色付いたひとつの傷が、侘助の手のひらにぎざぎざの影を作っていた。
「おばあちゃんの、あの時の傷、残ってるんだな」
 理一はやっと侘助を見ると、咎める風でも無く、言う。
「あ?ああ」
 聞いていやしない。分かりやすい流され方をされ、却って勢いが萎えた。侘助は身体を起こし、座りながら説明を加える。
「一年に一度手入れしてるかどうかすら怪しい骨董品で作っちまったもんだからな。どうせ刃毀れしてたんだろ。傷口を止血したときからむず痒くて仕方が無かった。くっついたら……御覧の通り」
 随分と誇らしげに手のひらに残る傷を見せつける侘助を見て、理一は懐かしむように細めていた目からすっと色を消した。
「くっついたら、ね……大した自殺行為だな」
「意味分かんないんだけど。あと、離せ」
「縫わなかったんだろう?」
「……」
作品名:りりりん 作家名:矢坂*