罰が愛
帝人に冷たく見下ろされながら臨也はしくじったのを悟る。
縄で身体をぐるぐる巻きにされた上に三方から槍を向けられている。おかしなことをすればすぐにでも命はない。
「どうしてですか?」
憂いを帯びた瞳に臨也は不敵に笑う。
「わかってるだろ」
自分の気持ちなど帝人は知っているはずだ。帝人の気持ちを臨也が知っているように、そう言葉なく告げる。
「お前、殿にッ!」
「いい。静かにしろ」
帝人の鋭い言葉に控えていた衛兵たちは空気を凍らせる。穏和で人当たりのいい悪く言えば扱いやすそうな餓鬼だと思っていただろう世襲制で殿様になった若い帝人。こんな厳しい雰囲気など知らないだろう。
「あなたが敵の間者だという証拠は数多いですが」
「君側につくなら許してくれるって?」
「不穏分子はいりません」
「言うねぇ」
ははっと笑って臨也は帝人に向けて息を吐き出す。
唾を吐き出すような仕草に周りは殺気立つ。
「な、にを・・・・・・」
「致死制の毒。首に刺さったか・・・・・・数刻もまたずにお陀仏だね」
「ふざけるなぁぁあ!」
襲いかかろうとする若い侍を「待てっ」と帝人は叫ぶ。
「解毒剤は? あるのでしょう?」
「・・・・・・俺の血肉。心臓が一番いいかもね」
あざ笑うような臨也に本当か嘘かわからない。
「そうまでして生き残りたい? 鬼になってまで死にたくない?」
人喰いは悪鬼のやることだ。
「殿、聞くまでもありますまい。はよう心臓を抉りだしましょう」
「誰か、やつの腹を割け」
「大陸では臓物は薬と申します。気にすることはありません」
顔を青白くさせる帝人に次々とかかる声。
目の前で生きたまま臨也が腹から胸にかけて裂かれる。
瞳は帝人だけを見ていた。
縄をほどかれた時点で臨也ほどの人間なら逃げることもできただろうに無抵抗に身体を刻まれていく。
ばたつく手足に帝人は気分が悪くなり逃げ出したくなった。
臨也の瞳が常に帝人を映す。
事切れて、なお。
「どうぞ、召し上がってください」
「良薬は口に苦いものです」
「わらしではないのですから好き嫌いなどいけません」
血にぬれた姿でにじりよられて帝人は気を失いかける。
人を動かしていた重要なものとは思えないほど心臓は小さい。
帝人は恐る恐る口にする。
美味しいなどと言えるはずもないものに顔を歪めるが同時に身体がカッと熱くなる。
冗談のようにこみ上げてくるものを帝人は抑えられず口からこぼしてしまう。
赤かった。
帝人がひとかけら口にしたものではない。
鮮血は帝人自身のものだろう。
「ぐ、・・・・・・ごふっ」
咳こみとまらない吐血。
帝人は理解する。
吐き出された針ではなく、臨也の血肉こそが毒なのだ。
白く黒く点滅するような視界に臨也がいる。
周りの喧噪など遠い。
崩れることのない笑みはこれを理解していたのだとわかった。
「ぁ、・・・・・・ぐっ」
自分を殺してまで帝人を殺したかったのだろうか。
涙があふれる。
愛されているのだと思っていた。
だから、裏切られたのは傷ついた。
それでもまだ捨てきれない愛が痛い。
悲鳴を上げて先日祝言をあげたばかりの妻がやってくる。
(・・・・・・裏切られたと、思ったのはお互い様なのか)
傷つけ、傷つけられる。
不毛な関係。
(次に、もし生まれ変わってまた会えたなら・・・・・・)
大陸から来た教え。
縋ってしまうのは罪だろうか。
(今度はちゃんと、もっと)
帝人の意識は闇に閉ざされる。少し距離を離れて眠る臨也と同じように。