ふざけんなぁ!! 6
「でも帝人、今俺に何か悪態つきたいでしょ。言いたい事があったら言って。癇に障っている癖に、作り笑顔を見せ付けられたらさ、俺も気分あんまり良くないし。ねぇ、やっぱり俺、今の生活に邪魔? ここから出てった方がいい?」
うわぁ、流石俳優。
忍びなのに全く忍んでなかった、突っ込みどころ満載な、面白蝙蝠忍者『カーミラ才蔵』の主演をやっただけある。
でも何でこの人も、ネガティブ思考なんだろ?
(流石平和島ブラザーズ。静雄さんにソックリ)
「いや、そんな腹黒い事、これっぽちも思いつきませんでした」
帝人はあわあわと、首を横に振りたくった。
「ただ私、『幽さんってば、洗剤、そんなに原液たっぷり使わないでぇぇぇ』って思ってただけです。だって泡まみれにしたら、洗い流す係りな私も大変だし、何より水道代が勿体無いでしょ。そっちの隅に1/10の濃度に薄めたボトルがあるから、とっとと使いやがれコンチクショーって、その……」
(ひぃぃぃぃぃ、こんなケチ臭い事、ばらしてどうするよ、私ぃぃぃぃぃぃぃ!!)
涙目になってフリーズを起こしていたら、幽は今まで使っていたタワシを水で濯ぎ、改めて薄めたジョイのボトルを取り上げてかけた。
今度は泡らしい泡も全く立たず、彼はお皿をこしこし擦りながら小首を傾げている。
「……これで、汚れって本当に取れるの?…」
「ええ、ほら、ここ……、最初にお湯張った洗い桶にこうして突っ込んでますから。それで殆ど綺麗になってしまうので、十分なんです」
「ふーん、合理的だね。手も荒れなさそうだし」
「でしょでしょ♪ 貧乏ライフ万歳♪」
にっこり得意げに笑った後、再び青ざめる。
(うわぁぁぁぁぁ、何トンチンカンな事、言ってるんだ私ぃぃぃぃぃぃ!?)
自分だけケチ臭いと思われるのは構わないが、こんな言い方したら、静雄の経済能力が疑われてしまう。
「いや、あの、その、静雄さんがお金に困ってるって訳ではなくて、私の性分なんです。昔、私、中学生になった途端、お母さんにエプロンと毎週月曜日に一万二千円渡されて、一週間そのお金で食費、新聞代、雑貨代、町内会費とかを、全部賄わなきゃならなくて。余ったら私のお小遣いに貰えたけど、やりくり失敗して足りなかったら、私の貯金から補填しなきゃならなくて……。そ、その時の習慣で、私、無駄がとっても嫌いなだけで。兎に角、静雄さんが甲斐性無しな訳じゃないんです!?………」
(あああああああ、私、何言ってるよぉぉぉぉぉぉぉ!!)
涙目になってあわあわ身じろぎしていると、彼は突然破顔して「あはははははは」と大きな声で笑った。
何でだ!?
★☆★☆★
一方その頃、静雄は洗面器の船に乗せた仔猫と一緒に、湯船にぽっちゃり浸かりつつ、呆然と硬直していた。
自分の聴力は新羅に言わせると、獣並みで抜群に良いらしいのだが、その耳が今、幽の笑い声を確かに捉えたのだ。
あいつが演技でなく、私生活で笑うなんて、小学校低学年の時以来の事。
心の病が治ってきたのだとすると、とても喜ばしい筈なのに、全然素直に嬉しいなんて思えなかった。
それどころか、胸がざわめき背筋もぞっとしている。
もし幽を変えたのが帝人なら?
もし帝人がこのまま幽に心変わりしたら……どうしよう?
殺しちまうかも。嫌、自分の我慢の利かなさは、己自身重々承知している。
裏切られたらきっと、苦しくて悲しくて、耐えられずに殺しちまう。
どっちを?
幽を? 帝人を?
多分両方をだ。
のぼせた訳でもねぇのに、心臓がどくどくと早鐘を打ちだし、きりきり痛む。
箍が外れ怒りに身を任せればきっと、帝人の華奢な首なんて一撃でへし折れる。
「……はは、ははははは……、はぁ………ははははは……」
(止めろ、変な事考えてんじゃねーよ俺!?)
帝人に捨てられる自分を想像するという、超ネガティブな思考のループから彼を救ったのは、独尊丸だった。
洗面器のサウナボートが気持ちいいのか、トロンと瞼を閉じた仔猫が、がしがしと静雄の指を甘噛みしだす。
夢うつつに、母親のおっぱいと勘違いしてるのかもしれない。
あどけない仔猫の仕草に、ほっこり心が癒された。
だって、今自分が悪戯して、洗面器のボートをひっくり返せば、この小さな猫は直ぐに溺れてしまうのに。
独尊丸は静雄を疑う事もせず、ゴロゴロ喉を鳴らして甘えている。
信じきっているのだ。
(帝人は俺と未来を歩くって言ってくれたじゃねーか。今日だって短冊に、好きな人とずっと一緒に居られますようにって、書いたじゃねーか)
婚約者を信じられず、この世の誰を信じられるという?
来てもいない暗い予想に怯えるなんて、自分自身の気の小ささが、マジで情けない。
「………ありがとな、お前………」
小さな天使の頭を、指の腹でぐりぐり撫でたら、急にかっと目を見開き、シャアアアっ奇声を発しやがった。
肉球からにょっきり伸びた爪が見えるから、多分今引っかかれたらしい。
だが、ナイフで刺されても、五ミリしか食い込まない自分の異常体質では、何のダメージもなくて。
毛を逆立ててふるふる震える独尊丸のつぶらな瞳が、警戒に吊りあがっていた。
「あー、わりぃ。痛かったか?」
加減してもう一度指で撫でたら噛み付かれ、以降も体を洗っているのに、ずっと警戒され鳴き喚かれた。
なんでだよ、おい!?
★☆★☆★
風呂から上がった途端、仔猫はびっしょり濡れたまま、脱兎で雲隠れしやがった。折角洗ってやったのに、どうやら虐めを受けたと勘違いしやがってるらしい。
素早く黒スエットの上下を着込み、ドライヤーを片手に逃亡猫を探していたら、耳を済ませなくても、キッチンから零れる楽しげな帝人と幽の会話が、勝手に耳に飛び込んできやがる。
「ねぇ帝人って、将来何になりたいの?」
「うーん、志望職業は今の所システムエンジニアなんです。ソフトの構築とか、とっても興味あるし。でも徹底して習いたい技術を追求するのなら、きっとアメリカのマサチューセッツとかシリコンバレーに行くのが確実なんでしょうねぇ。でもうちの父の収入では、留学なんてまず無理だし。兎に角、コンピューター関連のものに携わるのが夢です♪
(みぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁどぉぉぉぉぉぉぉ!!)
ぴきぴきと、己の額に血管が浮き出たのがはっきり判る。ぎりぎり歯軋りも鳴る。
(何がアメリカだ。てめぇ高校卒業したら俺の嫁になるっつー約束、どうなってやがんだ、おい!!)
日頃から馬鹿でどんくさいボケボケ少女だと思っていたけど、誓ったのはたった三日前。どれだけ物忘れが激しいのかと思うと、握った拳が怒りで震えてくる。
気配を殺してそっとキッチンを覗けば、二人は紅茶の葉入りチョコチップクッキーの生地を、楽しげにオーブンの焼き皿に並べていて。
益々面白くなくなった。
むっすり膨れてリビングへ行けば、濡れそぼった独尊丸が、帝人の鞄に悪戯していて。
肩掛け鞄の中身を全部掻き出し、てめえ自身がすっぽり潜り込んで、じぃぃぃっと静雄から隠れた気になっている。
「あーもうめんどくせぇ。てめぇも勝手にしやがれ」
作品名:ふざけんなぁ!! 6 作家名:みかる