ふざけんなぁ!! 6
25.あなたの希望は何ですか? 3
トムと二人、昼飯を食いがてら取り立て先へ向かう為会社を出発して数秒後。
静雄は今まで周囲の耳が気になって聞き辛かった事を、早速信頼できる上司に小声で尋ねてみた。
「トムさん、俺と幽、女だったらどっちを好きになりますかね?」
「100パーセント幽平だな」
ばっさり返された即答に、肩を落としてどんより俯く。
「そうっすよね。帝人もきっとそう思っているんすよね」
比類なき怪力を持ち、【池袋最強】なんて形容詞を貰っていても、平和島静雄は非常に自己評価の低いナイーブな男だった。
「何だ、弟の潜伏先はお前の家か」
「え、どうして、トムさん知って……」
「お前の態度を見りゃ、バレバレだろが。こちとら何年お前の先輩やってると思ってるんだ?」
「……抜群の勘っすね……、はぁ………」
「溜息までつくなんざ、かなり重症だな。何だ、本当に帝人ちゃん、お前から幽平に鞍替えしたのか?」
「いいえ、……ただ俺が二人の仲良さに嫉妬して、勝手に落ち込んでるだけっす……」
羽島幽平が行方不明になって、まだ四日目だというのにTVを含めたマスコミは大騒ぎである。
事務所側は早速、『彼は現在、気分転換を兼ねた長期休暇に入りました。地上の何処かにある【羽島幽平が選んだ楽園】にバカンスに行ってます。休みが終わるまでは、普通の青年になりたいようなので、武士の情けでどうぞ捜さないでやって下さい』と、訳の判らないコメントを発表し、後は何を聞かれても、ナシのつぶてを貫いている。
幽が所属してる事務所の社長は、もともと業界でも、かなり変わり者で有名な男らしい。
取材陣も事務所関係者から口を割らせるのを諦め、各自勝手に捜索に入ったようで、今朝家を出る時、静雄の家の周りにも、ちらほらとマスコミ関係者の張り込む姿が目に付いた。
幽が例え変装していたとしても、外に出たら最後、一発で居所がバレるのは確実なので、弟もますます用心し、引き篭もりな生活を持続させるだろう。
となると、今後も面倒見が良い帝人がせっせと世話を焼き、二人が仲良くしている姿を見て、ついイラッとしてしまう日々が続く筈。
そう思うと憂鬱で。
「なぁ静雄。あの娘はそんな簡単に心変わりするタマじゃないぞ。お前がしっかりしなくてどうするべ? 自分に自信が持てないからって、疑心暗鬼に陥って、相手に嫉妬心ぶつけだしたらさ、判るだろ? いくら帝人ちゃんができた女の子だって、まだ八つも年下の15歳の少女だ。お前の激情を受け止められる器なんて無い。直ぐに破局だ」
「ううううううううう!! 俺、それならもう駄目っす!!」
静雄は頭を抱えた。
抱えずにはいられなかった。
なんせ昨日。
あの後、仔猫を帝人の肩掛け鞄から引きずり出し、こっそりと荒らされた荷物を中に片付けた後、幽と帝人に挟まれる形でソファーに腰を降ろし、TVを三人でわいわい見ながら焼きたての紅茶クッキーを頬張り、粉を挽いてドリップしたキリマンジャロコーヒーを飲んだ。
それなりに楽しくて癒されたけど、やっぱり進路希望の内容が面白くなくて。
22時頃に幽が自室に戻った途端、「じゃあ私も♪」と、寝室に戻って試験勉強をやっと始めたばかりの帝人を、腕に物を言わせて掻っ攫い、無理やりリビングのソファー・ベッドに引っ張り込んで眠った。
彼女を失うのが相当怖かったらしい。
まるでティディベアのぬいぐるみにしがみついてる子供のように、ぎゅうぎゅうに抱きしめながら眠ってしまった。
そんな彼女の体のあちこちは、当たり前のように、朝起きた時には青痣だらけになっていて。
大慌てで湿布を貼り付け包帯を巻き、手当てをやり終えた後、「すまねぇ!!」と土下座した。
でも帝人は「気にしないで下さい♪ 静雄さん悪気なかったし。もう慣れましたから♪」と、何時ものように健気に笑ってくれて。
だから余計に自己嫌悪が増したのだ。
「あー、本当に15歳かって言いたくなるぐらい、思慮深い子だよな。お前を怒らせない天才だ。もう絶対逃すなよ、そんな娘捜したって何処にもいないべ」
「うすっ!!」
トムに言われるまでも無い。
帝人以外の恋人なんて、少ない脳味噌をふり絞ってみても、考えられないし考えたくも無かった。
「……みかどぉぉぉ、俺は心の底からお前が好きだぁぁぁぁぁ……!! ………はぁ………」
何時ものように、海に向かって【馬鹿野郎!!】と叫ぶノリで、力一杯空に向かって絶叫してみたが、心はあんまり晴れてくれなくて。
「おーい静雄、溜息つく毎に、幸せが逃げるぞ」
「うおぉぉぉぉぉ!! それなら俺、二度とつかないっす!!」
只でさえ臨也のお陰で幸が薄いのに、これ以上無くしてたまるか。
「うん、そうだ、その意気だ。お前は俺の目から見たって、マジ、誠実で魅力的なイイ男なんだからな。考えてもみろ。【池袋最強】の称号なんて、そんじょそこらの男が取れるか? お前に後足りないのは自信だけだ。帝人ちゃんを幸せにしてやるっていう、気迫や気概ぐらいあるんだろ? 『帝人、お前は黙って俺について来りゃいいんだ!!』って、言ってのけるぐらいの男になれればさ、彼女だって完全にメロメロだ。お前は八歳も年上なんだし、不可能なんかじゃないだろ。頑張れるよな?」
「うすっ」
トムのアドバイスは的確で、十分やり遂げられそうな気がした。
うじうじ悩み、閉塞的で暗かった未来が急に明るく開けたようになり、気分も大きく浮上する。
愛を叫びたくなった。
元々我慢なんかできない性格だし、静雄は大きく息を肺に詰め込んだ。
そして。
「みぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
《……みぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あほーあほーあほー………》
「誰だ、今マネしやがった奴!!」
人が気持ち良く絶叫した後だというのに、茶化され、瞬時に怒りが湧いた。
拳を握り締め、ぎらりと目を吊り上げて、周囲をギンギンに見渡しても犯人らしき人物は見当たらなくて。
目を逸らしてそそくさと視線をずらして逃げ出す人の群れの中、ふと門田がいるのに気がついた。
彼は何故か可笑しそうに口元を緩めつつ、人差し指を立てて空を指差している。
丁度その時だった。
《……みぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あほーあほーあほー……》
「てめぇが犯人かよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
敵は、雲一つ無い大空を優雅に飛び交う、漆黒のカラスだった。
あの鳥が、物まねする事はTV番組で見て知っていたけど、現実、静雄本人の声と瓜二つで鳴き喚くなんて。
恥ずかしさも倍増で、みるみるうちに顔が赤くなり、更にムカつき度も増す。
投げつけてやれそうな標識を探して周囲を見回したが、今日に限って手ごろな物が何も無い。
「……畜生!! てめぇ今直ぐ降りてきやがれ、ぶっ殺ス!!………」
「まあまあ落ち着け、静雄」
「そうだ、か弱い鳥を苛めるなよ」
苦笑するトムは兎も角、高校時代の同級生なのに、微笑ましい弟を慈しむような生暖かい、門田の上から目線が気に食わない。
作品名:ふざけんなぁ!! 6 作家名:みかる