My home2
My home XII
テーブルに並べられた手付かずの料理を横目にリビングのソファーに座ったフランシスさんは、腰を落ち着けてからハッとした様子で慌てて立ち上がってキッチンに向かった。
「菊ちゃんはコーヒー? それとも紅茶が良いかな、あっココアもあるけど」
「紅茶が良いです」
すぐに茶器一式を持って戻ってきて、緊張した面持ちで床に正座する私の向かい側のソファーに座りなおす。 それから恥ずかしそうに手をもじもじと動かした。
そろっと私の目を上目遣いで窺ったフランシスさんが意を決したように顔を上げ、今度は恥ずかしそうに目を逸らす。
「どうしよう、何から言えば良いのかな……あー、こんなに緊張するのっていつぶりだろう。
えっと、まず最初に言わなきゃいけないことはなんで俺が嫌味言っちゃったかかなぁ」
「フランシスさんを勝手に置いて行ったからじゃないんですか?」
思わず口を挟んだ私を見て、フランシスさんは困ったように笑った。
「当たってるんだけど、当たってない。 俺が嫌だったのは、菊ちゃんがあいつと二人きりで何処かに行っちゃったことだから。
それはどうしてだと思う?」
「……自分の方が先約で一緒に居たのにベールさんを優先したから、ですか?」
その言葉に違うよ、と言って緩く首を振ったフランシスさんが膝についた両手に顔を伏せた。 ばさりと彼の長い髪が顔を隠したその中から、深い溜息が一度聞こえてきた。 それと一緒にはっきり言わなきゃ駄目か、と言う情けない声も。
私が鈍いからがっかりしたんだろうか。 いや、今の言い方を聞けばそうとしか考えようがない。
自分の察しの悪さに居心地が悪くなってもぞもぞと座り方を変えたりしていた時、フランシスさんが髪を片手でぐいっとかき上げて顔を上げた。
それからテーブルに身を乗り出して両手で私の頬を挟んだ。 美しく整った真っ白な顔が至近距離にきたので慌てて後ろに引こうとしたが、むにっと強く頬を掴まれた所為でそれは叶わなかった。
「俺はね、菊ちゃん。 菊ちゃんのことが好きなんだ。 ……って言うか好きになっちゃってたんだよ、いつの間にか。
アントン達は最初から好きだっただろ、なんて言うんだけど自分ではわかんない。 だから、菊ちゃんが俺を置いて二人で何処かに行くのが嫌だった」
「好き?」
言われて真っ先に浮かんだのは、体の触れ合い込みでの好きだった。 それから少ししてから兄弟として好きだという意味にもとれると気づいた。 でも、もしそうだとしたらこんな緊迫した空気にはなるだろうか。
どちらの意味で取ろうか迷って、勘違いだったら恥ずかしいので兄弟としてですかと聞いた。
それを聞いたフランシスさんががっくりと肩を落とし、頬に当てられていた手もずるっと滑ってテーブルに落ちた。
「鈍い、鈍すぎる……なにこれ、望みなしってこと……?」
「あ、あの」
「あのね、俺は菊ちゃんをを愛しちゃってるの! 言っとくけど、兄弟としてじゃなくだよ」
フランシスさんが、兄弟としてじゃなくて私が好き。
「兄弟としてじゃなく……」
何度もその言葉が頭を巡って、そうだ何か言わなければと思って、口を開いてそして。
「私も……」
「えっ!?」
驚いた顔をしたフランシスさんに本当に、と肩を掴まれた。 本当だろうか。
自分でも絶対にそうだとは言えなかったが、でも私はフランシスさんが好きだと思う。 告白をされて、胸に広がったのは喜びと不安だった。 ベールさんに好きだと言われた時に抱いたような申し訳なさや気まずさは無く、ただ嬉しいと思った。 フランシスさんのように格好良くて、優しくて素敵な人から愛されていることが嬉しかったのだ。 そして、それと同時に自分なんかが釣り合うだろうかと不安になった。
本当は、フランシスさんの隣に居るべきなのは間違いなくエリザさんのような女の人なのだ。 自分のようなチビでガリガリで人見知りで見た目も平凡な男では、絶対にない。 かと言って、彼の隣にエリザさんが居るところを思い浮かべてみるとシクシクと胸が痛んだ。
だからきっと私はフランシスさんのことが好きなのだ。
そう結論付けて、不安そうにこちらを見るフランシスさんの目を見て頷いた。 どうしよう、自然に顔がにこにこしてしまう。
「はい、好きです」
「やった! えっどうしよう、凄い嬉しい……!」
フランシスさんが勢いよくテーブルに膝をつき、私に抱きついてきた。 ぎゅうっと巻きついた腕で締め付けられて背中が苦しいくらいに。 顔に押し付けられた胸から仄かにフランシスさんの良い香りがした。 それを肺一杯に吸い込んで、私も思いきり抱きしめ返す。
「好きだよ、菊ちゃん。 だから、もう俺を置いて誰かといなくなったりしないでね。
本当に泣きそうだったんだよ、俺があまりに凹んでるんでエリザに謝られたくらいなんだから」
「ごめんなさい、もう絶対に……」
「え、しませんって言ってくれないの……?」
しませんと言うつもりだったが晴れて恋人同士になった今、何かの事情があったとしてもフランシスさんが知らない女の人と二人で仲良さそうに話しているところを見て黙って側にいられるだろうか。 もしかしたらまた逃げ出してしまうかもしれない、そんな気がした。
「そう言えば、菊ちゃんはどうして急にあいつと行っちゃったの? 普段はそんな誰かを蔑ろにするようなことしないのに」
「あっ、えっと……」
束縛は嫌いだと言われたらどうしよう。 そう思うと、さっきまで自分もちゃんと言おうと意気込んでいた気持がするすると萎んでいってしまう。
思わず目を逸らすと、視界の端でフランシスさんが悲しそうな顔をするのが僅かに見えた。
でも相手にだけ言わせて、自分は秘密にしておくのは不公平だ。 それに、騙し騙し過ごしてある日ボロが出て嫌われてしまうくらいなら今嫌われてしまった方がずっと楽だ。
「その……エリザさんって美人ですよね」
「うん? そうだね、見た目だけは良いよね」
「私、フランシスさんにはエリザさんのような方が似合ってると思います。 ……それにとっても仲が良さそうでしたし、二人で盛り上がっていらして」
「……それってもしかして嫉妬したってこと?」
ずばっと聞かれて、頷いた。 不愉快だっただろうか、付き合っているわけでもないのに嫉妬したなんて。
フランシスさんの顔が見られなくてじっと下を向いていたら、掌で顎を持ち上げられた。 優しげな笑みを浮かべたフランシスさんの顔が、目と鼻の先にある。
頭を後ろに引こうとしたら後頭部に手を置かれ、おろおろしている内にお互いの口がぴったりとくっ付いた。 フランシスさんの唇はほんのりと温かく柔らかい。 最初は触れているだけだった唇が次第にあむあむと私の唇を食べるような動きに代わり、最後にぺろりと舌で舐めた。
キスって、こんな風にするんのか。
全く状況についていけなくて、それでも頭が勝手に熱くなる。 今、私は絶対に顔が赤くなっているはずだ。 恥ずかしくて顔を両手で覆ったらそれをそっと外して覗き込まれた。