東方無風伝 1
此処にいては危険だ。状況を打開する方法は俺には無い。
逃げるしかない。
湖を取り囲むように広がっている森へと走りこむ。
「待てー!」
チルノが放っている氷柱は、それ程狙いは正確ではないようで、地面や木々を抉っていく。
「チッ」
舌打ちを一つ。
今は雪が降り積もる真冬だ。地面に降り積もった雪が、草履を越して直接足に触れる。このままでは凍傷、壊死なんてことも有り得る。
それだけでなく、地面から生える草で足に幾数多(いくあまた)の切り傷が出来る。
「ふぅ……」
木陰に隠れ、一息吐く。
早くなんとかしなければ。
ばん!と大きな音と共に寄り掛かっている木の幹が抉れる。
やることはただ一つ
「大人の足を舐めんなよ!」
走る。兎に角全力で。
勢いづいて転びそうになりながらも、木に肩をぶつけようがお構いなしにひたすらに、必死に。
……どれほど走ったことだろうか。チルノ達の声は聞こえなくなっていた。
木陰に身を隠し、顔を出してみれば、其処には誰もいなかった。
「はぁー」
息を吸い、吐く。凍えきり収縮した肺を広げるように。
「……ん?」
周囲の風景に異変が起きていた。
周りの木々が、空気が、雪の白ではなく氷の白へと色を変え始めた。
それに伴う気温の急低下。濡れた服が凍り始め皮膚へと張り付く。周囲には氷の結晶が降り注いでいた。
ダイヤモンドダスト。こんなところで起き得ない現象が起きていた。
「逃げても無駄よ」
少女の声が響いた。
背後から氷柱が襲う。走り、兎に角逃げる。
何故チルノ達が俺の居場所が解ったか、それが疑問だが。
「ふぐぁ!?」
突然地面が消えた。
一瞬の浮遊感と落下感。そして、強い衝撃。
即座に何が起きたか確認する。背後に高い土壁が有った。恐らく五メートル程の高さだろう。どうやら其処から落ちたようだ。
「レティ、消えちゃったよ」
「よく探しなさい」
俺を探す声が聞こえる。
チルノ達は土壁のことを知らないようだ。
身体に着いた雪を払い、落ちた雪を見て一つの事実に気付く。
俺が落ちた跡が付いている。
チルノ達は俺の足跡を追ってきたのか。
チルノ達は土壁に気づいていないようだが、そのうち見つかるだろう。
時間が有る内に隠れる。それが良いだろう。
落ちた跡と足跡を消し、茂みに身を隠す。
「着陸!」
チルノが土壁を降りてきた。