東方無風伝 1
息を殺す。気配を殺す。存在を殺す。出来るだけ、可能な限り。
「其処にいるー?」
上方からの声。確認することは出来ないが、恐らくは土壁の上からレティがチルノに指示を出しているのだろう。
「居ないよー、レティ」
そう言い、キョロキョロと辺りを見渡すチルノ。
見つからないように、決して動かず、焦らず。
「おかしいわね、足跡はこっちに続いてるのに」
「でもいないよー」
其処で一旦会話が止まる。考えているのだろう。俺が何処にいるか。
「仕方無いわ。チルノ、戻ってきなさい。足跡は偽物かも知れないわ」
「はーい」
そう返事し、空をふよふよと飛んで崖の上へと行くチルノ。
……助かった、か?
隠れていた茂みから、こっそりと顔だけを出し辺りを見渡す。
……居ない。どうやら本当に上を探しているようだ。
では、彼女達が戻ってくる前に逃げるとするか。
「とはいうものの」
俺が向かいたいのは人がいると思わしき村が有ったはず。
其処で助けてもらいたいと思っているが、本当に助けてくれるだろうか?
今の少女達のように、理由は解らぬが襲われるのではないだろうか。
「……そんなことはどうでもいいか」
その時はまた逃げれば良い。取り敢えず、村を目指そう。
考えはそう纏まったところで歩き出そうとするが、五歩と歩く前にその歩みが止まる。
……方向が解らない。
逃げるに必死だったせいか、それとも俺が方向音痴なだけなのか、大体の方角すら解らない。太陽を確認しようとも、村が太陽からどの方角に有ったのか、それも解らない。
このままでは凍死は目前だ。
ええい、一難去ってまた一難、どころの話ではすまされないぞ。何故一向に状況は改善されないと言うのだ。
それもこれも、全部俺を湖へと落としたあいつのせいだ。
「くそ……」
「口悪いな」
「誰のせいだと思ってやがる」
「俺のせい」
「オーケー、一発殴らせろ」
「やれるものなら、どうぞ」
「チッ」
と舌打ちを一つ。
あいつには身体が無い。そんなものを殴ることは出来やしない。
「兎に角、道を教えろ」
「何処への?」
「大きな村が有っただろう」
「ああ、人里ね」
なるほど、あれは人里と呼ぶのか。
「はぁ」
と溜め息を吐(つ)きながらあいつの案内のもと歩き出すとした。