東方無風伝 1
「はー」と冷えた口元に持っていった両手を暖めるような息を吐く
「さみ……」
濡れた薄手の着物一枚きりなのだ、寒さを感じない方がおかしい。
がちがちと小五月蠅(こうるさ)い歯に、がくがくと震える身体。落ち着かせようにも言うことは聞いてくれやしない。
先のチルノ達のせいと言うべきか、只単に寒さのせいか、はたまたその両方のせいか。体力を奪われてしまったようで歩くのが非常に気だるい。
足取りは覚束無(おぼつかな)く不安定で、半ば足を引き摺るように歩いている。
頭の中では、少し気を抜くと白い靄(もや)がかかったように何も考えられなくなる。
何も考えず、機械仕掛けの人形のようにただ淡々と歩く。そのような状況になってしまうのが一番危険だと解っている。
だからこそ、先程から頭の中では色々と考えながら歩いているが、それも僅かな間だけ。五分と待たずにまた頭の中に靄がかかる。
「はぁ」と業とらしい溜め息を吐く。靄を晴らすために。頭の中を少しでもはっきりとさせるために。
それでも大した意味はなく歩き続けるうちにまた靄が。
「……うぁ」
ふと、足の力が抜け膝を地面に付けてしまった。
力が抜けるとなると、本格的に危なくなってきた。人里に着かぬうちに凍死。それはいよいよ、現実のものへとなりかけている。
「しっかり、しなくちゃなぁ」
自分に言い聞かせるように言うが、説得力が無い。
「……あ」
ひんやりと冷たい感覚が、顔を、腕を、腹を、足を舐める。
何時の間にやら仰向けに倒れていたようだ。
倒れる瞬間の記憶すら無い。
やべぇ、これ死ぬ。
右手で拳骨を作り、地面を殴るように下ろす。そのまま身体を持ち上げるように身を起こすが、頭の中に靄がかかり、力が抜けていく。
……駄目だ。
周囲が暖かいように感じてきた。きっと体温が気温を下回ったから、そう感じるのだろう。
暖かく感じられるせいか、瞼が重くなってきた。此処で寝たらそれで終わり。本当に死んでしまう。そうと解っていようとも、眠いものは眠い。
頭の中に、いや視界にだろうか。黒い黒い靄がかかる。
ゆっくりとそれは白を飲み込み、黒に変えていく。
やがては、全てが黒に。