東方無風伝 1
こほん、と咳払いをするアリス。気を取り直したように続けて言う。
「取り敢えずは元気そうで安心したわ。何処か痛むとこは有るかしら?」
「いや無いな。怪我はしていなかった筈だから」
「そう、ならいいわ。でも、今日のところは泊っていきなさい。まだ体力の方は完全とは言えないでしょう?」
「それは……解らないが、良いのか?」
「あら、私が良いと言っているのよ。悪い筈が無いわ。それとも、今すぐ出て行ってまた寒さにやられて倒れてみる?」
「それはもう勘弁」
「でしょう?」
苦笑いを交えて言えば、それに釣られてアリスも笑う。
「それじゃ、私はもう戻るわ。何か有ったら呼んで頂戴」
「ああ、解ったよ」
そうして部屋を出て行くアリス。
彼女が居なくなり、俺一人だけとなった部屋。そして漏れ出る安堵の溜め息。
彼女も、チルノ達同様襲いかかってくるものかと警戒はしていたが、それは杞憂だったようだ。それもそうだろう。俺を殺すつもりならば寝ている時にチャンスは幾らでも有った筈だ。
チルノは最強の証明と言っていた。俺を襲った原因はその辺りにあるのではないだろうか。
兎にも角にも、命拾いをした。アリスの言っていた魔理沙とやらと、そしてアリスにも感謝せねばな。
かたかたと窓枠が揺れる音がしたので、窓の外を見る。
風がそれなりに吹いているようで、外の木々がざわざわと蠢いているのが解る。
「どれ」と窓を開けてみれば、其処から傾(なだ)れ込むように入ってくる寒風。
「さむ!」
「あ、わりい」
微塵も思ってない癖に、よくもまぁ抜け抜けと。
そんなこと思いながら、寒風と共に入ってきたあいつを睨みつけるように辺りを見渡す。あいつは形を持たないから、意味なんて無いと解っていながらも。
「だから、悪かったって」
「黙れ。自転車のタイヤを背中に押しつけられて摩擦で焼け死ね」
「生憎と俺には背中が無い
「黙れ」
「おお怖い怖い」
心にもないことを。
「で、お前さんから見た幻想郷はどうだ?退屈せんだろ」
「まぁ、な。三度も死にかけたわけだが、親切な少女もいる」
「三度?」
「湖、チルノ、寒さ」
「ああ、そりゃ運が悪すぎただけだ」
「ああそうかい」
やっぱり、こいつと話してると腹が立ってくる。同じ存在になのに、何故だろうなぁ。