東方無風伝 1
「糸なら見えないぜ」
「おや残念。一体どうして?」
「私が、魔力の糸で操ってるの」
呆れたように言うアリス。
魔力の糸、だと?魔力と言うことは、彼女が人形を操るのに使っているのは、魔法そのものと言うこと。
あぁ、なんだそんな簡単なことだったのか。
この幻想郷は、魔法の世界だったのか。
それならば、少女が空を飛ぶのも、突如現れた氷柱も、魔女の存在も納得出来る。
俺が元いた世界では、既に失われた力だ。
「あ、そうだ。風間に聞こうと思ってたことが有ったのを忘れてたぜ」
「なんだい魔理沙。俺に答えら
れることがあれば、質問に答えよう」
「どうして、あんなところで倒れたんだ」
「……ふむ」
紅茶を一飲みして、ぽつりと言う。
「蜂蜜を頂けるか?」
「どうぞ」
「有難う」
人形から手渡される蜂蜜の瓶。スプーンで掬(すく)い紅茶に混ぜる。
そしてまた、一口。
「うん、美味い」
「それは良かったわね」
とまるで他人事のように言うアリス。まぁ、実際に他人事なのだから仕方がない。こんなことに興味を持たれても困るというもの。
「魔理沙も、このお茶会を楽しんだらどうだ?先程から手をつけていないように見えるが」
「はい、ミルクと砂糖よ」
「お、有難うなアリス」
「どういたしまして」
カップに渡された砂糖とミルクを入れ紅茶を飲む魔理沙。
「て違う!」
がちゃん、とティーカップを乱暴にソーサーに置き、魔理沙は叫ぶ。
「そうじゃなくて、風間、質問に答えろ!」
「あ?ああ、美味しいハンバーグの作り方か?俺はソースが決め手だと思うな。長い長い時間を掛けてことこと煮込んだデミグラス」
「違う、なんであんなところで倒れていたか、だぜ」
「あー」
そうだなぁ、幼い少女に襲われ、逃げたは良いものの、あまりに寒くて凍死しかけた。なんて情けなくて言えるか。
「さっき魔理沙が言っただろう」
「え?なにを」
「冬眠に失敗した」
はぁ、と溜め息を漏らす魔理沙。呆れているようだ。
「あくまでも答える気は無いってことか。まぁいいぜ。紫だって冬眠はするしな」
「紫?」
なんだその名前。何処かで聞いたことが有る名前だ。何処だったか解らない。忘れてはならない、大切なものだった気が……。
「チッ」
舌打ちを一つ。
駄目だ、どうにも突っかかってはいるが出てはこない。
一体なんだ、その紫とは。