東方無風伝 1
「それで魔理沙、そちらの人間は?」
「また外来人だぜ。全く、紫のやつは何をやりたいんだか」
「お、またか。あんたも大変だねぇ」
「ああ大変だった。もう何度も死にかけたよ。此処に来るまでもな」
そう言って魔理沙を見るが、魔理沙は俺と目を合わせようとしない。
「あはは、災難だったねぇ。でも、誤解はしないでよ。幻想郷は今日も明日も昨日も、今までもこれからもずっと平和なままで有り続ける」
平和、ねぇ。
それはあくまでこの少女の主観だ。俺の主観では危険溢れる世界だ。何せ、理由は解らないが少女に殺されかけたんだ。
あんな者がうろついているこの世界を、俺には平和な世界とは言い辛いものがある。
「まぁ、気になさんな。ところであんたの名前は?私は伊吹萃香だお」
「風間と言う。よろしくな、伊吹」
「萃香でいいよ、風間」
「では改めて、よろしく、萃香」
「よろしく」
と萃香が伸ばす手を握りながら言う。
その手は少女らしく小さいものだが、何か力強いものを感じた。
「萃香は、随分と立派な角を生やしているな。それはなんだ?」
「おや、鬼を見るのは初めてかい?まぁ、もう幻想郷には殆どいないからねぇ」
……鬼とはまたはた懐かしいな。彼らは気付いたら消えていたが、この幻想郷にも鬼はいたのか。
鬼を思い出せば、共に蘇る記憶。
もう古い記憶だから、劣化した映像だが、覚えてはいる。
彼らが、妖怪が跋扈していたあの時代を。
「懐かしいな……」
「お?」
「いや、なんでもない」
萃香の言葉からすると、その鬼ももう絶滅しかかっているということか。
悲しいことだが、それも現実。あの鬼の漢気溢れ、正直に真っ直ぐなところ、気に入っていたのだがなぁ。
「ただーいまー」
そんなだらけた声が響いたので、振り返ってみれば神社の鳥居を潜ってきた一人の少女がいた。
紅と白の派手な二色の少女。
「魔理沙、あれが霊夢か?」
「だぜ」
「……噂に違わぬ姿だな」
「だろ」
「何話してんのよ」
聞こえていたのか、手に持つ大幣を振り上げて言う霊夢。
随分とまぁ暴力的な少女だ事で。
とは言うものの、ただの冗談の一環だろう、直ぐに大幣を下ろす。
そして、俺と目が合えば一言、彼女は言った。
「また、外来人?」
彼女は、呆れたように、疲れ果てたように溜め息を吐いた。