東方無風伝 1
「あー、こほん。其処のお前」
この世界を見渡していると、何者かにそう声を掛けられた。それは、空を悠々と飛ぶ俺目掛けて放たれた言葉。
「誰だ」
「あー、とだな。お前と存在だ」
そう言った。
俺と同じ存在。それは、俺と寸分違わず同じ存在ということになる。ならば、此処はもしや平行世界とかいう世界なのだろうか。
それならば、元より空を飛べる俺だ。同じように空を飛ぶ俺が平行世界にいてもなんら不思議ではない。
「俺を、取り込みでもするか?」
「お前みたいなちんけな存在をか?馬鹿馬鹿しい。お前如きを取り込んだところで、何も変わらない。取り込む意味が無い」
腹立つ言い方だが、こいつの言うことは尤もだ。俺みたいな小さな存在、こいつからしてみれば爪の欠片同等なのだ。
「何故、今更になってこの世界に来た」
「なに?お前」その言い草だと、俺が隙間を通って別世界から来たことも、その隙間のことも、またこの世界と俺が元いた世界の両方を知っているみたいじゃないか。
だが、俺がその疑問を奴にぶつけるその前に奴は言った。
「何故、今更になって此処に来た。あの道は以前からも幾度となく開かれてきた」
奴はそう俺に問いてきた。 そんなもの、至極単純な理由に過ぎん。
「怖かったからだ。ただそれだけのこと」
「怖かった?あんなただの『道』を?お前さんはそんな臆病者だったか?」
「それは、お前が俺だから言っているんだよな?」
「無論」
随分(ずいぶん)とまぁ言ってくれるものだ。お前が俺ならば、性格だって違わないだろうに、俺とはかなりの違いが有るようだ。
こいつの口ぶりから、別人だけど以前から俺のことを知っている。まさにそんな感じだ。
「何が有るか、何が起こるか全く解らないんだ。慎重になって当然だと思うが」
「……そうか」
何故かは解らないが、何処か切げにそいつは言った。
「なぁ、この世界は、どんな世界なんだ。良ければ教えてくれないか」
「無理だ」
一刀両断即答即決。まさにそんな語句が立ち並ぶほどの速さで拒否された。
「何故」
「俺はお前が居た世界のことを知らないからだ。いちいち伝えることに齟齬が発生するかもしれない」
確かに、こいつの言うことには頷ける。逆の立場になってみれば、異世界から来たものに自分の世界の説明なんて、出来る気がしない。