東方無風伝 1
「まぁ、だが」
勿体ぶったように、其処で言葉は切られる。
「俺が教えられることは、この世界の呼び名だな」
世界の呼び名ねぇ。俺が元居た世界は、『地球』と呼ばれた惑星が基礎となって構築された世界だった。それならあの世界の呼び名は地球であるのかね。
だとすれば、この世界は同じように基礎となっている場所の呼び名が、この世界の名称なのか、はたまた別の何かか。
「この世界は、幻想郷と呼ばれている」
「幻想郷?」
言われた言葉を口に出してみる。
聞いたことがあるような響きだ。実際何処かで聞いたことが有るような気がしてならない。何時、何処で、誰から聞いた。記憶を掘り起こして思いだそうとするが、どうにもその記憶は浮かびあがってこない。
俺の勘違いか、はたまた偶然耳にしたという程度か。
「まぁ、考えたところで解らないだろ」
思い出そうと考える俺を見て、奴は言った。
確かに、先ほどから考えているが解らないときては、考えるだけ無駄と言うもの。
「だから、後はお前の目で見て、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、肌に触れ、心で感じてみろ」
「……なに?お前それはどういう意味だ」
その言葉は違和感だらけだった。奴にその意味を詳しく教えてもらおうとするが、奴は急に無言を決め込んでしまった。
「おーい」
「幻想郷は、その名の通り、幻想のモノの郷。お前はそんな世界に居続ける覚悟は有るか?」
脈絡ないことを言いだすそいつは、何処か様子がおかしかった。
幻想、それは夢幻で有り、空想であり、常識に則って存在が許されないということ。
「この世界に住まうとなれば、俺の存在は忘れられると?」
「違う。そりゃお前が元居た世界から離れ、この世界に住めば、いずれは忘れられるだろう。だが俺が言いたいのはそうではない」
「じゃあなんだ」
「化け物が、この世界にはうようよいると言うことだ」
「だからなんだ。どうせ俺達は死ぬことが無い永遠の存在。何も問題はなかろう」
「そうか……」
何かを企んでいやがる。俺にはそうとしか思えなかった。
「頑張れよ」
「何を」本当に訳の解らん野郎だ。続けてそう言おうとしたが、それは叶わなかった。
全身を浮遊感が包み込み、視界が一転二転三転と目まぐるしく変わる。
何が起こっているかを把握する前に、全身を何かが叩きつけ、冷たいようなやわらかいようなものが全身を包んだ。