こらぼでほすと アッシー7
心配して薬を飲まないと眠れない状態のロックオンに、何かをしてもらいたいなんて、刹那は思わない。ハイネから、絶対に言うな、と、言われた言葉だったが、それでも口にした。それは、リタイヤした人間には残酷な悲しい言葉だから、と、ハイネは説明してくれたが、語彙の少ない刹那には、それしか思い浮かばない。
「刹那? 」
「もう少し頻繁に、俺は戻るようにする。・・・だから、俺の居場所を確保しておいてくれないか? ロックオン。」
「ああ、もちろん。それが、今のところ、俺の仕事だからな。」
「ティエリアやフェルトも降りてくるから。」
「うん、わかってるよ。」
「・・・頼むから・・・」
「うん。」
「俺は、あんたが居なくなるのはイヤなんだ。」
「わかってる、わかってるから、刹那。約束は破らないよ。だから、そんな泣きそうな顔しなさんな。別に、俺はいなくなる予定はない。」
青いライトに照らされている刹那の顔は、泣きそうに歪んでいる。たぶん、ハイネに、いろいろと釘を刺されたのだろう。あんまりキツイことしてくれるなよ、と、ハイネに内心で文句を言いつつ、黒子猫の頭を撫でる。
「どこにも行かない。おまえさんが、戻ってくれば、俺は出迎える。何度でも約束してやるよ。」
刹那を不安定にさせるのは、自分だ。それ以外で、刹那は揺るがない。揺るがせないために、しっかりしなくては、と、ロックオンも苦笑する。
「あんたは信用ならない。」
「悪かったな。でも、俺、三蔵さんの女房に就職したから、あそこから逃げられないと思うぜ。」
「そうか。」
「とりあえず、ショッピングモールまで歩いてくれないか? 刹那。こんなとこで長いこと喋ってたら、風邪引くぜ。」
その言葉に、はっとして刹那も前へ歩き出す。その横に並ぶようにして親猫が場所を案内する。とりあえず、買い物する前に温かいものでも飲ませようと考えていた。
「ココア飲もうか? 」
「ああ、あんたも温かいものを飲め。」
「明日、買出しに付き合ってくれよ? しばらく、マンションに戻ってないから何もないはずだ。」
「ああ。」
そんな話をしていたら、ショッピングモールに辿りついた。カフェテリアで、ひとまず、お茶をして、廉価品ばかりの服飾雑貨の店で、刹那の服を買い、トダカ家に戻った。
全体的に埃っぽい黒子猫をフロに放り込み、その間に、トダカの夜食の準備をする。毎晩、深夜枠になる前に帰ってくるから、それから軽く晩酌して寝るのが、トダカの日課だ。カラスの行水の黒子猫は、親猫に命じられて、いつもより長めに入っていたので、ほっかほっかに茹で上がってフロから出てきた。パジャマは、向こうにあるから、ロックオンのティシャツで代用している。下は、トランクスという夏のような出で立ちだが、今は茹で上がっているからいいだろうとスルーする。
「おまえ、汚れ物とかは? 」
「ない。着替えて捨てている。」
「一回目の放浪は、どうだった? 」
「綺麗だった。砂漠じゃない国は、緑があるし、鳥も綺麗だな。」
「危ないことはしてないだろうな? 」
「してない。」
まあ、いろいろとやっているだろうが、敢えて聞かないことにした。組織のために、世界を確認してもいるだろうから、そちらには口を出せない。水分補給に、スポーツ飲料を出して飲ませる。
「あんたのほうは? 」
「ティエリアとフェルトが降りてきてた。それぐらいかな。・・・ああ、忘れるとこだった。ちょっと待ってろ。」
うっかりしていたと、自分の部屋から青いコートを取ってきて、刹那に渡した。
「これは? 」
「実用向きのコート。それなら、かさばらないし防寒と防水に優れている。エクシアに放り込んでおけ。寒いのは苦手だろ? それから、防寒用の下着もあるから、寒冷地に行くなら、それもな。それは、マンションのほうにあるから、明日、渡す。」
暑いところ育ちの刹那は、熱帯や亜熱帯なら問題ない。衣服も現地調達で十分だが、逆に寒いところは苦手だ。根性で乗り切れるものでもないから、それなりの準備はしておいたのだ。最初に、それがあれば、次は着替えを買えばいい。
「ありがとう、ロックオン。エクシアの色だ。」
やはり、刹那は青色がいいらしい。コートをもふもふと揉んで、少し頬を歪めた。
「着てみな。サイズはどうだ? 」
少し大きめのサイズを用意した。その下に、セーターを着るから、その分も考えてのことだ。着ると、少しぶかついているので、予想通りだと、親猫は頷く。
「中にセーターとか着込むと、ちょうどよくなる寸法だ。」
次は、寒いところへ出向いてみようか、と、刹那も、考えていた。せっかくのコートなので使ってみたくなった。ちょうど、考えていたのは寒冷地だ。というか、そこに逢わなくてはいけない人物が居る。
「次は、北欧のほうへ行こうと思っていた。」
「そうか、それなら、ちょうどよかった。」
「あの男の顔を見てこようと思っている。確か、北のほうだったな? 」
「・・・あ、ああ・・・」
あの男というのは、ロックオンの唯一の肉親だ。それが、そちらにいる。マイスターとして使えるようなら引っ張れ、と、命じたのは、ロックオン自身だ。早いうちに、確認しておくほうが得策だと刹那も思ったのだろう。
「居場所が変ってるかもしれないから、それなら、ラクスに確認しろ。」
「了解した。」
「まだ接触しなくてもいい。とりあえず、顔だけ見て来い。・・・とは言っても、この顔と同じもんだと思うけどな。」
「だが、あんたじゃない。」
「まあな。けど、親でも間違ってたくらいに似てるんだぞ? 」
「俺は間違えない。」
「さいですか。」
自信たっぷりの黒子猫に、親猫は笑う。まあ、今のところは間違えないだろう。二人並ぶことがあったら、一度、騙してやりたくなるだろうが。
「あんたの待機所は、すでに処分されているが、何か必要なものがあれば調達してくる。」
「・・・なら、ひとつだけ頼まれてくれるか? 」
待機所には、これといったものは置いていなかった。身元が判明するものは、まずいから置かなかったし、それ以前に処分していた。ただひとつだけ気になっていることがある。毎年、都合がつけば行っていたのだが、本格的に組織が始動してからは、ご無沙汰していた。時期ではないが、まあ、気持ち的なものだ。生きている、という自分なりのサインだった。
「なんだ? 」
「墓参りしてきてくれないか? 」
「俺が? 正気で言っているのか? ロックオン。俺は・・・あんたの家族を殺した組織の人間だぞ? 」
「でも、直接、手を下したのは、おまえさんじゃない。俺は生きてるけど、来られなくなったと代わりに謝っておいてくれないか? イヤならいいよ。」
「あんたの家族に謝罪してこいということか? 」
「いいや、おまえさん、俺のことを、おかんと言うんなら、うちの家族も、家族になるんだぜ? 忘れてないか? 」
さしずめ、俺の両親が祖父母ってことになるよな? と、ロックオンは笑う。天国の家族は、さぞかし驚くことだろう。まさか、人種の違う男の子が孫なんて楽しすぎる。
「ロックオン。」
作品名:こらぼでほすと アッシー7 作家名:篠義