紅梅色の多幸な現
「ちょっと、何やってるの!?」
鳴り止まない金属音に帝人が目を覚ましたらしい。詳細は分からなくとも彼等が争っていることは把握したようで、とにかく仲裁しようと椅子から立ち上がる。しかし貧血気味だというのに急に動いたせいでその身体はグラリと傾いた。正臣が襟を掴むことで床との衝突を防ぐと帝人は気道が圧されたのかぐぇ、と奇妙な声を発した。
「帝人君っ!」
杏里の顔が青くなる。帝人が倒れずに済んだのは良いが、正臣が彼を攻撃するのではと考えたらしい。そこで小狡い策が浮かぶ。
「杏里、動くな」
襟を掴んでいた手をそのまま首へやると、真紅の目が見開かれた。
「正臣……?」
帝人は眉を寄せて説明を求めるがそれに応えるつもりはない。ヘラリと笑って見せれば、はぁー、と呆れたように長く息を吐かれ、
「あ、コラ、テメー!」
帝人は全身の緊張を解いてしまった。
「園原さん、動いても大丈夫だよ」
「でも……ッ」
杏里は何が起こっているのか分かっていないらしい。帝人と正臣を交互に見ては不安そうに瞳を揺らす。
「大丈夫。正臣に僕は殺せないから」
「でも、正臣君は、…………狼男で」
パチ、と瞬いて正臣は帝人を見る。同じく帝人も正臣を見ていて、どうやら同じ結論を持っているらしい、と確信する。
どうやら杏里は帝人が正臣の正体を知らずに、知らないからこそここまで親しくやってきたと思っているらしい。実際は全くの逆だ。
「オオカミってね、自分から首を晒されると攻撃行動が抑制されるんだ」
「え?」
「帝人は俺が狼男だって知ってるぞ」
だからこその親友である。人ならざる者として許容し、どうにもならない部分はこちら側に合わせてくれるので一緒にいて本当に楽なのだ。勿論、帝人にとってどうにもならないことは正臣が合わせることになるが、それが歩み寄りというものだろう。それが出来る人間はとても貴重だ。寛容な友人を得たことを幸運だと思い、その友人を自慢に思ってもいる。まあその寛容さが災いして現状に陥っているわけだが。
ともあれ、人質に出来なくなった帝人を放せば途端に杏里が帝人を庇うように抱き込んでしまう。大切にしているのは分かったが、だとすれば食い過ぎである。愛故に、なんて人間社会では通用しない。しかし帝人は苦笑するだけ。
「協力したいんだ、僕に出来る精一杯で」
「俺は、お前に死んで欲しくない」
「うん、僕も死にたくないよ」
「じゃあ」
「でも園原さんに苦しんで欲しくもない」
正臣だってそれは同じだよね、その言葉に真紅だった杏里の瞳は彩度を失って変色していく。恐らく自分のそれも似たようなことになっているのだろうと容易に想像が出来て、今度は正臣が長く息を吐いた。どうやらこれは、帝人にとってどうにもならないことのようだ。
「……帝人が死んだら、杏里も一緒に送る。それまで休戦だ」
「後追いの手間が省けました、その時はお願いします」
「言質取ったからな、逃げるなよ」
捨て台詞のように言い残して、釘抜きを技術室へ返すために教室を後にする。
――まだ、友達だ
友人を手にかけようとした恐怖に、それが実現しなかった安堵に今更ながら震えがきて、正臣は再び長く息を吐いた。