二月の恋人
イタリアはドイツに訊ねた、その返答を思い出そうと頭を捻った。
ソファに寝転がると、肘掛けが良い枕になってくれる。イタリアはベッドで寝るのはもちろん、ソファの上で小さな考え事をしながら休むのも好きで、しかし明るい日差しの心地好さに舟を漕ぎ始めてしまう。クッキーの生地は「最低一時間」なだけで、二、三時間でもいいのだ。
イタリアはまどろみの中、ドイツとのやり取りを思い出した。
「考え付かん。・・・・・・だが、きっと、お前と出会っているのだろうな」
「なぜ?」
「出会いには必然性がある。どんな道を辿ったとしても、お前に行き着く、と考えた」
「俺達の出会いは必然だってこと? 嬉しいな〜、何だか愛の告白みたいだ」
足元の柔らかなクッションが気持ち良い。イタリアは足を上下にパタパタ動かして遊んでみた。待つのはあまり得意ではない。ラッピングの準備も済んでいるし、他は得にする事もなく、退屈過ぎるのだ。
浅い眠りは一向に深いものには変わらず、閉じかけていた瞼を持ち上げた。
「俺が人間だったら、それもそれで楽しいだろうけど、足りないよ、時間が」
ポツリと一人きりの部屋で呟いた。
人間の寿命は国である自分達には短い。どうしたら、何を成せば、自分のしたい事を全てその短い時間の中で成し得ることが出来るのだろう。短い、限られた時間の中でどれだけの思い出を作れるのか、それをゆっくりと思い出して微笑むことが出来るのか。イタリアは中に浮いた右足を見詰める。この足で何歩、歩める?
「足りないよ、俺には」
時計の針が静かに、秒を刻む、その音なんて止まってしまえばいいのに、と宙を蹴った。
オーブンのスイッチを入れ、温め始める。オレンジ色にぼうっと鈍く光って温度を上げるオーブンの前で、焼き上がりを想像してみる。すると気分は徐々に高揚していき歌いだしたくなった。イタリアは逸る気持ちを宥め、冷蔵庫へと立ち上がった。
イタリアの形の良い細い指は生地を丸めて平たく伸ばす、その繰り返しという作業に繊細美を感じさせる。
生地は薄すぎてもいけないし、厚ければ上手く纏まらない。ドイツであったら、計量器なんかを利用しきっちり量っていたであろう、イタリアは正確と言ってもいい目分量で上手くこなしていた。このまま焼けばチョコクッキーだがそれではダメ、主役のラズベリージャムをスプーンの先に微量掬い取り、器用に乗せていった。それを閉じてクッキーの形を作り温まったオーブンで焼けば完成だ。
焼き上がりに振り掛ける粉砂糖が入った瓶が出番はまだか、と一粒一粒輝いている。
(ドイツもお菓子を作っているとき、こんな感じなのかな)
そうだったら、嬉しいな。
イタリアはくす、と笑みを零した。
* * * * * *
緻密な作業を得意とするドイツにとってリース作りは快いものだ。
自分の色彩感覚を頼りに、丁寧に編みこんでいく。花の土台が出来上がれば次は飾り付けだ。
「ふむ・・・・・・。緑は紫も赤も合うな」
ドイツは満足気に、眉間に寄せた皺を一つ解いた。
手に持ったリースは緑色の蔦、草に紫や赤、ピンク、と運気を見た色の花で彩られている。赤いバラを薄緑の葉が縁取り、サーモンリネカーの淡いピンク色が柔らかく包み込んでいる。そして主役を飾るバニラの香りを発するヘリオトロープの花。上々の出来だ。
「渡せればいいのだが・・・・・・」
飾り付け用の銀色の細いワイヤーリボンでリースをやわい手使いで包んでいく。
この花を買いにいくとき、ドイツは買おうと決めた花を前にして手に取れずに立ち止まった。
最初の十四日、イタリアにヘリオトロープの花束を渡した際にはっきりと感じた名の付けようのない感情。
それは喜びに似ていて、哀しみのようでもあって、そして大きな虚無であった。「いけない」と脳にパチリと電気を点けたようにパチリと浮かんだのだ。彼に花を送ってはいけない、と自分の中の何かが必死に呼びかけてくる。これの正体は一体何だ? ドイツは煩悶し、その答えを探ったが何一つ解らなかった。
渡してはいけない、という言葉に抗い、以来毎年この日には花を添えた。ただし、ヘリオトロープの花を手に取ることはなかった。それが一番いいと思ったのだ。
しかし今年は違い、それはあの執務室を出るときに見た神話の本が影響しているのだろうとドイツは思った。あの本を目にしたら、ヘリオトロープを受け取ったときのイタリアの顔を思い出さずには居られない。彼に最も似合う、永遠の愛を意味する花を渡したいと思わずには居られない。
花を前に立ち止まっていると、店員に「誰かに送るものですか」と問われた。その瞬間に、ドイツは何を迷っているんだ、と自分を叱責し、花の購入を決めたのだ。
「完成、だな」
世界に一つだけの、『永遠』を表す平和の象徴、Kranzが出来上がった。