心配
勇ましく立ち上がり二人の仲裁に出向いたジェクトが、仲間達のもとに頭をかきながら戻ってくるのにはそう長く時間はかからなかった。しかし、どうやらあの二人の間の雰囲気は変わっていないことから、仲裁には失敗したようだ。
仲間達の誰もが不思議に思ったが、会話の内容や状況報告は聞けるだろうと、戻ってきたジェクトにジタンは問いかけた。
「……」
「どうだった?」
「ありゃぁ、なんていうか……」
いつも豪胆なジェクトにしては珍しく、言葉を濁し、目線が泳いでいる。そんなに複雑な内容だったのかと不安になった仲間達に、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「痴話喧嘩だな」
…………は?
仲間達が遠巻きに見守る事態になった、数十分前。
カオス軍の攻撃を退け、次の戦闘開始に備え数人を見張りにして、コスモス軍は聖域でそれぞれの形で休息をとっていた。光の戦士は、いつものように彼の仕える女神の傍らに黙して立っていたが、そこにスタスタとライトニングが歩み寄ってきた。光の戦士はちらりとそちらに目線を向けただけで、さして彼女の行動を気に留めなかった。これは、光の戦士がライトニングを軽んじているわけではなく、コスモス軍の彼女がコスモスを害することはないだろうという予測と、彼女が光の戦士に直接話しかけてくることは少ないのでおそらく彼女はコスモスに用事なのだろうという憶測からだ。
しかし、ライトニングは歩いてきた方向を向いたまま、つまり光の戦士の方を見ながら口を開いた。その内容は、次の戦闘での味方の配置変更についてであり、光の戦士を最前線から聖域付近の配置に変わるよう求めるものだった。光の戦士は、ライトニングの提案に何故かと問うた。そこでライトニングは、彼の作戦が気に食わないからだと返したのだ。
光の戦士は、ライトニングの意図を掴みかねて目を細めた。仲間の配置と作戦は確かに光の戦士が先程仲間達に提案したものであったが、仲間から反対意見や訂正も入らず受け入れられたものだ。その場にはもちろんライトニングもいたはずで、気に食わないのなら今でなくその時に提案することができただろう。それに、彼はライトニングが「気に食わない」という感情論だけで一度決まった作戦に反発するとは思えなかった。そのため、彼は何故気に食わないのかを重ねて尋ねた。
すると彼女は、一瞬思案するように視線を外したが、すぐに青い双眸で彼を再び見据えると作戦の戦力バランスが悪いことを理由としてあげた。そんなライトニングの微妙な感情の揺らぎに気付いたコスモスは、横から光の戦士にライトニングの案に従ってみてはどうかと言葉をかけた。光の戦士はコスモスの助言に従うかどうか、コスモスの方を振り返って逡巡した。そして、ライトニングに向き直って次のように言い放ったのだ。
「たしかに、コスモスを守る役目なら私が負おう」
「そうか、ならば……」
「しかし、戦闘直前の作戦変更は仲間達の統率が乱れる恐れがある。君一人の独断で作戦を変えることは好ましくない」
こう返されたライトニングは、当然気分は良くない。てっきり彼女の提案を、屈辱的だが、女神の言葉を優先して呑んだのかと思った矢先、逆に諫言を頂戴してしまったのだ。ライトニングの切れ長の目がさらに細められる。日頃の自省から、できるだけ穏便に、と会話を進めていた彼女も、少しずつ口調に熱が篭り始める。
「私はそうは思わない」
「何?」
「たしかに子どもや子どものような奴も混じっているが、あいつらは突然の変更に戸惑って実力を発揮できなくなるような連中じゃない」
「しかしそれは憶測にすぎない」
「集団行動を重んじるなら、集団のバランスを考えたらどうだ」
「カオスの者たちには、死力を尽くして戦わねば勝てない。私が後ろに下がるわけにはいかない」
「他人に主を任せておいて、か」
「先程も言ったはずだ。コスモスを守るのは私の役目だ」
「ハッ、騎士の鑑だな。だったら、お前が倒れたら誰が困るかぐらい、すぐ分かるだろう」
「私は倒れはしない」
「いかに強い意志を持っていても、体は疲労を隠せないぞ」
「疲れてなどいない」
「最後尾で気付かれないとでも思ったか、誰が一番激しく戦っていたかなんて、武器の消耗を見れば一目瞭然だ」
「それは……」
ちなみに、ジェクトが声を挟もうとしたが挟めず、コスモスと横で立ち聞きしていたのはこの部分までである。
「お前は仲間を信じていないのか?」
「そんなことは決してない」
「なら、下がることも信頼のひとつと考えられないのか?倒れられて荷物が増えるのはお前じゃない」
「…………」
納得したのか、反論を諦めたのか、光の戦士は何も言わない。表情から感情は読み取れそうにないが、気分を害した様子ではない。ただ、凪いだ水面のように静かである。