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結び目

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普段と少し違った風に機能したらしい己の回路について、一体何故なのだろうかとその原因を一旦考え掛けたものの。燈治はすぐにその思考を放り出した。
その要因も確かに気になるところではあったのだが、いまはそれよりも、燈治の中に強く点滅する疑念がひとつ在る。それを少年に確かめねば。

「なあ、」

燈治はぽん、と少年の肩に掌を乗せた。
いやに細い骨の感触。燈治の周りにはこんなに痩せた男子生徒はひとりも居ないのだが、彼はきちんと食事をとっているのだろうか。もしや、ろくに食べもせずに本ばかり眺めているのではないだろうか。
食事をする傍らで分厚い本を開く彼の姿を容易に思い浮かべながら燈治がそう言い掛けると、少年は不機嫌そうな視線をちらりとだけ寄越した。

「お前さ…………、興味ないって言ってたけど、野球、やったことあんのか?」

もしや、と思い、燈治は恐る恐るそう訊ねたのだが。返った彼の言葉は残念ながら燈治が予測した通りのものだった。

「やったことない。興味ないから」
「、まじかよっ? お前、野球、やったことねェのか? 一回も?」
「……興味がないのに、わざわざやる必要なんかないだろ」

少年はそう言ったきり、また燈治から視線を外してしまう。
半ば予測していたとはいえ、少年の答えに燈治はかなり面喰っていた。興味がないとしても、まさか、ただの一度も野球をしたことがないとは。
ひがな一日野球のことばかりを考え、放課後になれば一目散に野球をする為の場所取りへとひた走る。そんな毎日を過ごす燈治にとって野球をしたことがない、というのはそれこそ言葉を失ってしまうほど有り得ないことだったし、それと同時に恐ろしく勿体無いことでもあった。
この少年は、あんなにもたのしいことを、知らないまま生きているのだ。
その事実は燈治の中の何かを勢い良く打ち砕き、燈治は何だか突然、居ても立ってもいられなくなった。

「な、なあ!お前もさ、俺と一緒にこれから野球、やろうぜ! たぶん他のやつが場所取ってくれてるからお前も来いよ、なっ、やってみたら絶対おもしろいって!」

言って、少年の細い腕を掴む。
今にも走り出してしまいそうな燈治の勢いに、彼はぎょっとして瞬きを繰り返した。

「……………………は、ァ?」
「やったことがないから面白さが判んないんだって! な、いいだろ、夕方んなるまでまだ時間あるしよ」
「ちょ…………、待て、って、……え、やきゅう? おれと? お前、まさか俺と一緒にやきゅうやろう、って言ってんの? うそだろ?」
「なんで嘘なんだよ。嘘じゃねェよ。なんだよ、俺の言ってること、なんかおかしいか?」
「、…………お、かしい、って、いうか、」

燈治に腕を取られたまま、彼が眉根を寄せる。
燈治はてっきりまた怒り出すのかと思っていたのだが、言い淀む彼の顔に浮かんでいるのは怒りではなく強い困惑、らしかった。その困惑が、歯切れの良かった彼の言葉を重く鈍らせる。

「………………………………、本気で?」

何処か躊躇うように、先刻よりも密やかな。
何かを憚るような声音でそう問われた燈治は、その通りだったので力強くひとつ頷いてみせた。
しかし燈治の首肯を見詰める彼の表情はといえば、何故か先刻よりも一層困り果ててしまったようで。黒い色の虹彩が、燈治の眼前で迷うように揺らめいた。

「、…………俺なんかと?」

ひっそりとこぼれた言葉の意味が全く理解出来ず、燈治は大きく首を傾げる。

「『なんか』?」

おれなんかと

なんか、というのはどういう意味なのだろう。
燈治には思い当るようなものが何もない。彼が何を言おうとしているのか、全く理解出来なかった。
運動が苦手だ、と言いたいのだろうか。彼は、自分が足を引っ張ってしまうのではないかという可能性について懸念しているのだろうか。
もし、そうだとすれば。
それは、全くの杞憂である。
複雑そうなひかりを鈍く湛えている彼の眼をじっと見詰め返し、燈治は笑った。
その笑みは偽物では決してなかったが、それでも殊更、ふわりと纏わりつくように漂っている彼の闇を吹き飛ばしてやるつもりで、努めて明るく。

「、安心しろって、ちゃんと俺が教えてやるから! うまいとかへたとかそんなことは気にしなくてもいいんだぜ、初めてやるんだからよ、ちゃんと出来なくったって当然だろ。ずっとやっててもあんまりうまくねェやつも居るし……でもさ、そんなの関係ねェんだよ。みんなで野球をすんのが面白いんだ。あの楽しさを知らずにいるってのはすげえもったいないし、知らないってんならお前にも教えてやりてェんだ……野球の面白さってのをさ。やってみたらきっと、お前だって野球、好きになるって!」

少年を説得出来るようなうまい言葉など、思い付く筈もない。けれど、燈治はただただ己の胸に在る正直な気持ちを残らず口にした。それらを素直に吐き出すこと以外、燈治に出来ることなどなかったから。
ただ、燈治は、野球など知らぬ、やったこともない、と言う彼に、己が愛して止まぬ野球というものが如何に楽しいものであるかということを教えたかったのだ。是非とも知って欲しかったのだ。それは決して己の正当性を説き、それを貫こうとする為ではなかった。そこに在るのはただ純粋に、伝えたい、という気持ちだけなのだ。
言いながら燈治は想像する。この不思議な空気を纏う少年と、共に野球をするところを。
一緒に球を追い、打ち、投げ合えば、彼はどんな表情を浮かべるのだろう。どんな風に表情を崩すのだろう。もっと楽しそうに、嬉しそうに、柔らかく笑うこともあるだろうか。もしそうなら是非ともそれを見てみたいと、燈治はそう思った。
白く華奢な身体の中に決して折れぬような強い芯を通すこの少年に、何処か新鮮で快いものを感じた。好感を抱いた。だから燈治は己のすきなものを、そこから得られる楽しみを、彼とも共有してみたいと思ったのだ。
あともう一歩親しくなりたいと思うくらいには、燈治は彼のことを気に入り始めていたのである。

「ま、まァ、俺ばっかり押し付けるんじゃ格好悪ィからな、俺だって本、読んでみるよ……確かに、面白くねェとか言えるほど読んだことはねェからな…………今度、なんか面白ェやつ教えてくれ。出来るだけカンタンなやつ」

な? かず

茫然としたままの彼の肩をぽんぽんと叩きながら燈治がそう言うと。やや間抜けな表情の彼が問い返した。

「……………………、かず、?」
「ん? お前の名前、かず、ってんだろ? 昨日先生にそう呼ばれてたの、聞こえたからよ」

確かにあの時あの女性教諭はこの少年をかず、と呼んだように聞こえたのだが。あれは彼の名ではなかったのだろうか。
少し不安に思いながら燈治が確かめると、彼は肯定でも否定でもないような曖昧な唸り声でもって応え。そうして、何だか思案顔になってしまった。違うなら違うと否定すればいいし、そうならそうだとはっきり肯定すればいいというだけの話なのに。何故ここで言い淀んでしまうのか、燈治にはよく判らない。

「…………まァ、いいけどさ……、で、これからすぐ行けるか?」
作品名:結び目 作家名:あや