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こうやって過ぎていく街から

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 少し迷って、帝人はいつも通り、黒いコートを身に着けた。携帯をいくつかポケットに突っこんで、一応、小さなナイフも服に仕込んだ。
 宮城優人に報告できるようなことは、ほぼ、ない。
 ないが、会うことで少しでも彼の気分が落ち着くというのなら、会わないわけにはいけないだろう。



【Prodigieuk】



 ちょうどランチの時間である。洒落た内装のカフェは、人でごった返している。
 優人の姿はすぐに見つかった。
 彼も帝人に気が付いたようで、小さくひらりと手を振る。
「お久しぶりです」
「ええ。お元気でしたか?と訊いても?」
 優人はくすりと笑う。
「記憶が戻らない以外は、概ね元気ですよ」
 席に着くと、店員がすぐにメニューを持ってきた。
 名前の通り、洋食がメインの店だ。帝人はパスタランチを、優人は魚のランチを頼んだ。
「暑くないですか?」
「え?」
「コート」
「ああ……」
 帝人は苦笑して、腕を上げて見せた。
「夏用の薄いものですし、もう慣れましたよ。ところで、今日は春香さんは?」
「彼女は、エステとネイルサロンと美容院です」
 優人は辟易したように肩を竦める。
「最近、春香の様子がおかしくて。こんな時でもないと、傍から離れようとしないんです」
「そうですか」
 ほかに何か言うこともなく、気詰まりな沈黙を、水を飲むことで埋めた。
「竜ヶ峰さんは、占いとかもできるんですか?」
「なんですか、急に?」
「いや、占い師のような情報屋さんだと聞いたことがあったものだから」
「なるほど――以前にも思いましたが。優人さんは、少し古い情報をお持ちのようですね」
「え?」
「言い忘れていましたが、神様や占い師のような、と言われていた情報屋は私ではないんです」
「ええ?」
「先代、とでも言えばいいんですかね。正式に後を継いだというわけではないんですが。その人は、池袋ではなく、新宿の情報屋と呼ばれていました。占い師や神様と呼ばれていたのは、本当はその人のことなんです」
 驚いた顔を隠さない優人に笑いかけて、帝人は「がっかりしましたか?」と首を傾げた。
「――いえ。信頼しています、あなたを」
「嬉しい言葉ですが、あまり情報屋を信じない方がいいですよ。詐欺師みたいなものですからね」
「なるほど。で、あなたは、僕を騙すつもりなんですか?」
「私は、善良な情報屋なんです」
 きちんと冗談と受け取った優人が笑い、帝人も笑う。こうしていると、優人が記憶喪失だということを忘れてしまいそうだ。
 彩の美しいプレートが運ばれて、二人は無言で、フォークとナイフを取り上げた。
 食事は粛々と進められる。
 周囲の喧騒は、ぽつんと落ちた静寂の隙間を埋めていくようだった。
「情報屋という仕事は」
 優人が、ミネラルウォーターを飲んで口を開いた。
「どういうものなんですか?」
「色々ですよ。失くしたものを探してほしい、敵対している相手の情報が知りたい、人を探してほしい。本当に、色々です。詳しくは、企業秘密で」
「危なくないんですか?」
「死にかけた回数を、数えるのはもうやめました」
「どうしてあなたのような女性が情報屋なんて仕事をしているのか、興味があるな」
 慣れてきたのか、優人には初めて会った時のような堅苦しさはなくなりつつあった。帝人が彼より年下だということもあるのだろう。自分の年齢を知らない優人ではあるが、帝人が童顔なこともあって、そう感じているようだった。
「興味、ですか」
「好奇心かもしれない。情報屋なんて、物語の中の存在だと思っていましたから」
「そうですね。私も最初はそう思っていました。――私はね、非日常が好きなんです」
「非日常?」
「そう。それこそ物語の中のような出来事。そういうものが大好きだったんです」
「過去形ですか」
「非日常も繰り返せばただの日常ですよ」
 帝人もミネラルウォーターで口を潤す。
 ランチを食べ終え、コーヒーが運ばれてきた段になって、優人は静かに切り出した。
「春香は、あなたに何かしたんじゃないですか?」
 帝人はコーヒーカップを持ち上げようとした手を止めて、じっと優人を見つめた。
「どうしてそう思うんですか?」
「あなたに会ってから……いや、違うな。あなたに依頼をしてから、春香はずっとおかしいんです。最近は、特に」
「――彼女の気持ちもわかります」
「僕が記憶を取り戻したら、離れてしまうんじゃないかって?」
 優人の褐色の目がぎらりと光る。彼は本当は、見た目通りの穏やかな人間ではないのかもしれない、と、帝人は疑念を確信に変えた。取り繕っているにすぎないのだ。それはもちろん帝人もであるが。
「彼女に、邪魔をする権利はないはずだ」
「それを、私に言ってどうします?」
「ただの愚痴ですよ」
「私はただ与えられた仕事をこなすだけです。その間にある諸々の事情や感情はどうでもいい。もちろん、あなたの想いもです」
「割り切ってるんですね」
「深く関わりあえば、死にますからね。安心してください優人さん。私が春香さんに買収されることはありません。絶対にね。釘を刺したかったんでしょう?」
「全部お見通しですか」
「人の心ほど、読みやすいものはありませんよ」
 微笑む帝人の瞳の奥を見て、優人は脱力したように肩を落とす。
「……宮城さん親子には、返しきれないほどの恩があります、それは本当です……ですが、信用はできない人たちですよ。孝三さんにしたって、本気で僕のことを調べてくれているかどうか……」
 そうでしょうね、とは帝人は思っても言わなかった。春香を見ていればわかる。彼女の父親は娘にとても甘い人物だ。春香がどうしても優人を傍に置きたいと言えば、その望みを叶えようとするだろう。
「私に、少し時間をください。全力を尽くします」
「……ありがとう」
 時計を確認すれば、店に入って二時間ほどが経過しようとしていた。
「誘っておいて申し訳ないですが、そろそろ、春香が帰ってくる時間なんです。部屋にいないと、また騒ぐから」
「ええ。今日は楽しいランチをありがとうございます」
「嫌味かな?」
「うがった考えですよ、それは」
 優人の手から伝票を奪って、帝人は苦笑した。
「こういう時は男に払わせるものですよ」
「ご心配なく。いずれ私の元に帰ってくるお金ですから」
「強かですね」
「褒め言葉ですよ」
 ひらりと伝票を振って、レジへと進む。
 午後、二時過ぎ。
 太陽は今こそ輝くべき時であるとばかりに、焼け付くような熱を落とす。
「暑いなあ」
 優人が独り言のように言った。
「最高気温になるかもと、天気予報で言っていましたね」
「さすが、」
「情報屋でなくとも知っていますよこれぐらい」
「僕は知りませんでしたよ?」
「テレビぐらい見るといいです」
「そんな気分でもなくて」
 それじゃあ、と別れかけた帝人の手を、優人がはしりと掴む。
「……なんですか」
「ああ……いや、ごめん。なんでもないんです……」
 優人は驚いたような顔をして、帝人の手を掴んだ自分の手を見つめた。不思議そうに首を傾げて、離す。
「すいません、本当に」
「別に……いいですけど……」
「暑いので、気を付けてくださいね。倒れないように」