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こうやって過ぎていく街から

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 ホテルの自室に向かいながら、優人は腕時計を確認する。春香はまだ帰っていないだろう。美容院に半日以上の時間をかけるなんて、優人には到底考えられないことだが、女とはそういう生き物なのかもしれない。
 部屋の扉を開き、数歩中に入った優人は足を止めた。
 春香が椅子に座っていたからだ。エステがどうとか、はっきりいって優人にはまったくわからなかったが、美容院に行ったにしては髪型に変わりもないように思う。
「どこに行ってたの」
 責めるような口調で春香が問う。行動が制限されているわけでも、春香の機嫌を取らなくてはいけないわけでもないのだが、なんとなく、優人は後ろめたい心境に陥った。
「ちょっとね」
「あの人に会ってたんでしょう」
「あの人?」
「あの、胡散臭い情報屋よ!そうなんでしょう!?」
「――例えそうでも、別に悪いことじゃないだろう?」
「どうして私に黙って会いに行くの!」
「俺はやることなすこと全て君に報告しなきゃいけないのか?」
「そうじゃないけど……でもこれは別じゃない!あの人は信用できないって、何回言ったらわかってくれるのよ!」
「信用できるかどうかは、君じゃなくて俺が決めることだよ、春香」
 優人のきっぱりとした言葉に、優歌は椅子を倒して立ち上がると、興奮したように声を荒げる。
「どうしてそんなことわかるのよ!なんにも覚えてないくせに!」
 叫んだあとで、はっとしたように春香は口を押えた。
「君には感謝してるよ春香。君がいなかったら、俺はとっくに死んでただろうから」
「優人……」
「でも、俺の邪魔だけはしないでくれ。4年も一緒にいたんだ、俺がどれだけ記憶を取り戻したいと思っているか、わかるだろう?」
「……ええ」
 優人は再び出口へと向かう。
「どこに行くの……?」
「出てくる。安心しなよ、竜ヶ峰さんには会わないから」
 春香がまた何か言ったが、聞き取る前に扉が閉まる。気まずいのか、春香も追ってこようとはしなかった。
 優人はそのままホテル近くのネットカフェに乗り込んだ。一時間、パソコンのある個室を取ると、無料の飲料などには目もくれずパソコンへと向き合う。
 どうやら、記憶を失う前の優人は機械関係に強かったらしい。頭で、というよりは体で覚えているような感覚で、するするとパソコンをいじることができた。
 かたかたとキーボードを打ち込み、しばらく間をおいてまた打ち込む。それを何度か繰り返し、予定の時間より20分早くネットカフェから出た。
 それでもまだ時間は早いし、春香のいる部屋に帰るのも億劫だった。夜までやることもないが、だからといって先ほど別れたばかりの竜ヶ峰を暇つぶしのために呼び寄せるのはさすがに迷惑だろう。そうでなくとも、彼女は優人のために働いてくれているのだから。
 
 竜ヶ峰、帝人――

 不思議な人だ、と優人は思う。四年間共に過ごした春香よりも、彼女の傍にいる方が楽に呼吸ができるような気がした。もっとも、彼女は依頼人に対する丁寧な姿勢を崩さないので、そのせいかもしれないが。
 太陽の、なぶるような熱に目を細めて、少し街を探索しようと優人は日陰から出る。
 優人は東京に住んではいるが、この街にくることはほとんどなかった。とりあえず、店の中に入らないと死んでしまう。
 じわりと浮かんでくる汗を拭いながら思い出すのは、この暑い中でも長袖のコートを着ていた情報屋の涼しげな顔だった。