こうやって過ぎていく街から
「待った待った。ちょっと待ってくださいセルティさん。傷は大したことないです。連れて行ってくれるなら新羅さんのマンションじゃなくて新宿の臨也さんの事務所にしてください」
問答無用でバイクにまたがるセルティに慌てて注文を付けるが、やはりセルティは帝人と会話しようとせず、バイクを走らせる。バイクは無音で疾走するが、走っている状況ではやはり帝人の声は聞こえないだろう。まさか飛び降りるわけにもいかず、帝人はそわそわする心を押さえつけた。
あらゆる道路交通法を無視し、セルティはものの数分で新羅のマンションに戻ると、帝人を抱き上げて足早に部屋へと向かう。
「セルティさんセルティさん、ほんとに、そんな大げさな怪我じゃないんですから大丈夫ですよ」
頭のないセルティには口がない。よって話すことができない。帝人を抱き上げている今、唯一のコミュニケーションツールのPDAも操れない。だから無言なのだが、PDAが使えないから無言なのか、それとも怒っているから無言なのかはわからない。
怒っていてPDAも使えないから、無言なのだろうと帝人は思った。
セルティが玄関の扉をばしんと開くと、玄関付近で待機でもしていたのか、すぐさま新羅が現れた。
「お帰りセルティ僕の愛しの妖精!って、あれ?帝人君?おやおや、久しぶりに大怪我してるねえ」
「大した怪我じゃないんですよ」
「ま、素人判断だよね。よしきたセルティ、中に運んでー」
帝人を抱いたままずかずか中に入り込んで、新羅がいつも治療をしている部屋の椅子へと帝人を下す。
「あーっと、ありがとうございますセルティさん」
セルティはダカダカダカダカとPDAを打ち込んだ。やたら時間がかかっている。彼女は話すのと同じぐらいPDAを操るのが上手いのだ。きっと長文を打ち込んでいるのだろう。
その間に、新羅は帝人の服の袖を切り裂き、消毒液で傷を洗い流す。
「いった!」
「結構深いねえ。こういう時は刃物抜いちゃだめじゃないか」
「ちょっと派手なパフォーマンスをする必要があったもので」
「パフォーマンスで失血多量死なんて笑えないよ帝人君。指は動く?」
「ええ、問題なく。神経は傷ついてないみたいです」
「後遺症は怖いからねえ。縫うから、麻酔するよ」
「はい」
返事をしたところで、セルティがばっとPDAを帝人に見せた。
【危ないことはするなって言った!なんでわざわざ刺されるような真似をしたんだ!君なら避けられただろうあんな隙だらけの攻撃!あとなんで臨也の事務所だ!連れてくわけないだろうこんな怪我人を!大人しく新羅に治療される!】
「わー。セルティさんすごい我慢してたんですね」
【こんな時ばかりは頭がないのを後悔する!】
「はいはいセルティ、治療中だからちょっと落ち着いてね。帝人君を心配して怒る君も優しくて可憐で愛らしくて素敵だけど」
帝人の腕に麻酔を打ち、縫合用の針と糸を用意しながら新羅が言った。いくら新羅がセルティらぶっ!であろうとも彼は曲がりなりにも医者なので、集中力はものすごい。
【す、すまない新羅】
「構わないよセルティ愛してる」
新羅は帝人の傷口から視線を外さず口元で微笑む。
「新羅さん、PDA見てないのにどうしてセルティさんと会話できるんです?」
新羅は顔を上げて笑った。
「愛さ、もちろん」
「愛、ですか」
「愛があれば何でもできる。君が四年間、臨也を探し続けているように」
「僕のは……愛じゃ……ありませんよ」
「そう?僕には愛に見えるけど。でもね帝人君、こんな危ないことばかりしてちゃいけないよ。君が死んだら元も子もないだろう?」
ちくちくと手際よく傷口を縫合しながら、新羅が驚くほどの優しい声で言った。
「新羅さん……」
「ん?」
「セルティさんも……会わせたい人が、いるんです」
「ああ、例の記憶喪失の依頼人かい?」
セルティは薄々勘付いているのか、無言を貫いた。
「ええ、はい。僕、やっと見つけたんです」
めったなことでは集中力を欠かない新羅ではあるが、手を止めて、帝人の顔を注視した。
帝人は笑っていた。
目元も、口元も、頬も緩んでいるのに、涙だけがするりと流れた。
「見つけたんです、やっと……」
作品名:こうやって過ぎていく街から 作家名:すがたみ