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こうやって過ぎていく街から

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 最初に感じたのが眩しさ。
 その後に頭痛、ムカつき、吐き気だ。
 枕から上げかけた頭をもう一度ぼふりと埋めて周囲を確認する。
 見たことのない部屋だった。ホテルでもないし、宮城の家でもない。モノトーンで統一された、かなり広い部屋だ。
「どこだ……ここは……」
 記憶を辿るが、思い出せない。深刻なことではない。ただ飲み過ぎただけだろう。ウオッカを何杯飲んだのかすら、思い出せなかった。口の中が嫌な味がする。からからに喉が渇いていた。
 ぐったりとしたまま呻いていると、部屋の扉が開いた。
 現れたのは見知らぬ男だ。同年代ほどだろう。眼鏡を掛け白衣を着ているところから、医者だろうか?ここは病室ではなさそうだけど。
「やあ、起きたんだね。具合はどうだい?」
「……最悪」
「だろうね。ウオッカ何杯飲んだのさ」
 男はミネラルウォーターのペットボトルをよこすが、喉は乾いていても頭を上げることはできなかった。
「おやおや、吸い飲みでも持ってこようか?」
「あ―……結構です」
「そう?水分とった方がいいと思うけど。で、君は実に三年八か月ぶりに自宅に戻ったわけだけどどんな気分?」
 男がベッドわきに椅子を持ってきて座る。
「自宅……?」
「やっぱり、運命の再開を果たしてすっかり記憶を取り戻す、っていうとロマンティック展開はなしかあ」
「ここって俺の! あぁぁ……」
 がバリと身を起こしたが、あまりの気持ち悪さに再びベッドに逆戻り。
「まあ少し落ち着きなよ。まずは自己紹介をしよう。僕の名前は岸谷新羅。君とは中高大と同じ学校に通っていたよ」
「きしたに、しんら……。俺の、友達……?俺のことを知ってるのか?ここは俺の家?」
「友達かどうかって言われると微妙だなあ。君ってちゃんとした友達いたの?あ。覚えてないか。ごめんごめん」
 新羅はけらけら笑う。
「じゃあ、俺の名前知ってる?」
「知ってるよ。でも、そういうのは帝人君から聞いた方がいいかもね。呼んでくるからちょっと待っててくれる?」
 新羅と入れ違いにやってきたのは情報屋、竜ヶ峰帝人だった。彼女は優しく微笑んで、二日酔いの薬を差し出す。仕事モードではないのか、それとも知り合いだからなのか、そんな表情は一度も見たことがない。
「二日酔いですって?」
「俺のこと、知っていたのか?」
「知っていました」
「じゃあなんで最初に教えてくれなかったんだ……」
「色々と心の葛藤があったもので。でも、もう決めました。あなたに全部教えます。辛くても薬を飲んだ方がいいですよ。水もね」
 手を伸ばして二日酔いの薬を受け取りながら、呻く。
「……クラブに行ったあとの記憶がない……」
「馬鹿みたいに酒を飲んでべろんべろんになったあなたを、僕がここに運びました。ここはあなたが仕事用に使っていた事務所のひとつです。新宿にあります」
 薬のキャップは、帝人が開けておいてくれたらしい。一息に飲み干して、ぐったりと頭を枕に落とすが、視線だけは帝人を見つめ続けている。
「あなたの名前は、臨也。折原臨也さんです」
「いざや……」
 口の中で呟いて「どういう字を書くんだ?」と尋ねる。帝人は臨也の手を取って、指で文字を書いた。
「折り紙の折に、原っぱの原。臨むに、例えが出ないな……也、はこれです」
「折原、臨也……は、全然思い出せない」
「そのうち思い出せますよ。具合が良くなったら、色々話をしますね。あなたの知り合いにも会いに行きましょう。記憶は絶対に取り戻せます」
 ぎゅっと帝人に手を握られると、不思議と安心できた。
「ところで君は、俺のなんなんだ?」
 臨也は切り込んで問いかけた。帝人は少し困った顔をする。
「僕の、先代の話はしたでしょう?新宿の」
「ああ」
「それが、あなたです」
「………………は?」
「折原臨也さん、あなたは、神様や占い師や魔法使いや詐欺師や鬼畜と呼ばれた、情報屋だったんですよ」
 臨也は数秒動きを止める。
「…………後半の評価、悪くない?」
「あなたの評価ってすごく悪かったと思いますよ。仕事はかなりできましたけどね。で、僕はあなたの部下、というよりはアルバイトとかつかいっぱしりとか、そんな感じでしょうか?」
「俺が、情報屋……?」
「趣味は人間観察でした」
「なに、その趣味。ぜんっぜん想像できないな……」
「そうですね、物語の登場人物みたいな人でした。あと、深刻な中二病を患っていました」
「記憶喪失で中二病?最悪じゃないか」
「隠していてもどうしようもないから言いますけど、あなたは最悪な人ですよ。この街、ひとりで歩かないでくださいね?たぶん殺されますから」
「……気を付けるよ」
「そうしてください」
 ふふふ、と笑う帝人を見ているとなんとなく居心地が悪い。臨也はベッドの中でもぞもぞしながら、水を飲んだ。
「新羅さん、呼びましょうか?実はもう一人、あなたの知り合いが来ているんですよ。会話で思い出すこともあるかもしれませんし。具合が悪くなければですが」
「具合は悪いけど、話したい。じっとしてられないんだ。ああ、昨日あんなに飲まなければよかった……」
 どうしようもない後悔だ。
「じゃあ少し待っててくださいね」
 そっと離れた手を、反射的に握ろうとして臨也はぱっと手を開く。子供じゃあるまいし何をしているんだかと自己嫌悪すれば、お見通しとばかりに帝人が笑う。
「ちゃんと戻ってきますよ」
 数分して、帝人は新羅を連れて戻ってきた。その後ろには臨也が初めて会う――のではないのだろうが覚えてはいない――人物が一人。
 黒いライダースーツに、個性的な形をした黄色いヘルメットをした人物だ。黒、というよりはまるで影のようなスーツで、光を反射せず飲み込んでいるようだった。体の凹凸もわからず、それが女であるのか男であるのかすら臨也にはわからない。
「じゃあ、セルティさんやっちゃってください」
 影は、セルティというらしい。やはり男であるのか女であるのか判別できない。
 セルティはおもむろにヘルメットに手を掛け、それを外した。

 無。

 何もない。

 皆無だ。

 そこには、あるべきはずの頭部がない。

 沈黙が落ちた。
「…………わあ」
 臨也の声だけが、白々しくぽつんと消える。
「ショック受けさせて記憶取り戻そうぜ作戦も失敗かあ。君って、記憶を失ってもつまんない男だなあ」
 新羅は楽しそうに手を叩いた。
「それ、頭。どうしたの?」
 セルティはPDAをかちかちと操作する。
【失くした】
 PDAに浮かんだ文字を読んで、臨也は顔を顰める。
「それは……、お気の毒に」
【お前に言われると複雑だ】
「ああ、セルティの頭がないのって、君も一枚かんでるからなあ」
「俺も?」
「言ったでしょう臨也さん。あなた最悪な人なんですよ」
 帝人はセルティからヘルメットを受け取って、テーブルの上に置いた。
「彼女はセルティ・ストゥルルソンさん。デュラハンというアイルランドの妖精です。今は運び屋さんをしています。あなたも僕もすごくお世話になっているんですよ」
【お前にはよく扱き使われた】
「あー、すいません。覚えてないけど」
【記憶が戻ったら覚悟しておけ】
「はい……」